2012年


2012.11.21 (水)  タマシイが宿るモノ

8月3日の事故により、たくさんのモノを失った104氏である。

ついぞCBR250RR@104号を修理することは(周りの関係者の反対が多過ぎて)叶わなかったのである。

バイクだけでなく、たくさんのモノが逝ってしまった。


―――うぬぅ、俺のタマシイ達が逝ってしまうやわいね・・・―――


そんな中、一品のみ修理から本日無事帰還したモノがあるのである。


―――おぉ、お帰りなさいやわいね―――

白かった文字盤を黒に変更し、精悍な顔つきになって帰還したロレ太郎をほくほくと見つめる104氏である。

内部をO/H し、外観を丁寧に磨きこまれたロレ太郎は事故の衝撃を微塵も感じさせない姿である。

しかし、敢えてサファイアガラスについた一片の欠けを交換することはしなかった104氏である。


―――うむ、いつまでも忸怩たる思いではいられんやわいね―――


仕事の忙しさ、バイク人としての大いなる後退情勢、家庭内での落ちぶれっぷり、すべての迷いを自信に変えて104氏は前に前にと進もうと思うのであるらしい。



2012.11.9 (金)  フレンチロースト

良い時ばかりの筈がないのである。

この一言に気が付くまでに大変だったのである。


―――うむ、答えが無い問題に悩むことは数学的見地でない人生においてナンセンスやわいね―――

ただし、目前の問題からは虚数解しか出てこないと気付くにはたくさんの悩むという計算が必要であったことは確かである。


ナンセンスは無駄か?と問われれば決してそんなことはないのかも知れないのである。


―――諸君っ、この世に無駄なものなど何もないんよ―――



そう気付いた上で、人生の山在り谷在りを見つめる104氏である。


―――人生一度きり、道中に在る山も谷も歩かねばならんのなら、我慢と痛みの存在から逃げてはいかんやわいね―――

豁然大悟した気になる104氏である。


きっと、暗澹たる気持ちも無駄なものではないのである。

そして如何なる世界にも愉快撫子は存在するはずである。

暗澹二郎、愉快撫子、不安三郎、名前を付けてみればそれらはみんな可愛く見えるのである。



―――うむ、すべてのものに愛をもって接しまっし―――


一寸先は闇の中、見通せぬ時代ならば見通す必要すらないのである。


己の魂磨いて艶出して、明るく輝く状態で未来を今に迎えることに一生懸命で在ればそれでいいのだと104氏は気付いたらしい。


―――読者諸賢、さぁ行きまっし! ご一緒に―――


会社のデスクに座り、スターバックスのフレンチロースト珈琲を飲みながら胸を張る104氏は実に清清しいご様子である。


2012.10.22 (月)  生きてく強さ

―――敢えて沿わぬ、敢えて動かぬ、という選択もありやわいね―――

社内改革という名を掲げ、魑魅魍魎の野心と野望が跋扈する荒野に立ち104氏は一人呟くのである。


グループ企業の侵攻に対して、部下や仲間たちには何の厄災も降りかからぬよう手を回し尽くしたと104氏は胸を張る。


―――みんなそれなりのポストに送り込めたやわいね―――


そう安堵する104氏のもとに突然彼は現れたのである。


彼とは・・・つぶらな瞳で104氏を見つめる孤独一郎である。


こんばんちょ、と可愛く挨拶をした彼を憎めない104氏である。



―――うむ、お前が現れたということは、みんなシアワセな部署でよろしくやってるということやわいね―――


切なく笑う104氏は、孤独一郎をボカッ、と殴ってみたのである。

それでも相も変わらず孤独一郎はつぶらな瞳で104氏を見つめ続けるのである。


―――うぬぅ、殴り返してこいやわいねっ!―――




全部自分のせいにできるのなら、遅すぎる奴などいないと言うものらしい。


強く優しく美しく、生きてく姿は美しいのである。


2012.10.3 (水)  シャア専用



104氏がここのところ全くといってよいほどサイトの更新に協力的でないのである。


筆者はとても困っているのである。

―――だって毎日が忙し過ぎるんですもの!―――

この様に言い訳をする104氏を筆者も責めることが出来ないのである。

サイトの更新は筆者が104氏からネタ原稿を貰い受け、そこから執筆して初めて更新となるのである。

104氏が全くネタを寄越さないことを理由に、原稿を書くという行為を蔑ろにしていたことを筆者は認めねばなるまい。

書きたい衝動に駆られたとき、PCを立ち上げる手間を惜しんでその衝動を逃がすことが何度もあったのは事実である。

これは、大いに反省をしなければならないのである。

そして、対策もとらねばなるまい。

大変に珍しいことであるが、この問題について筆者は104氏に相談をしてみたのである。

―――うむ、筆者よこれを使うがよろしかろうやわいね!―――



















































































おもむろに、そしてひどく恩着せがましく、さらに偉そうに104氏は赤い物体を取り出し筆者に寄越したのである。



―――うむ、会社の経費で営業ツールとして購入したはいいけれど、俺は赤い彗星でも、ニュータイプでもないんよ。



 お客さんを前にしてこのアズナブル氏専用のツールを使いこなせなかったやわいね。 










































































































































































  使えるのは笑いがとれる1回目こっきりなんよ。 



   大概のお客様の前で阿呆なる笑いをとってしまったので俺にはもうコイツを使いこなすことができんやわいね!―――



かくいう顛末において筆者はシャア専用ポメラを入手したのである。


数々の名言が頭を(よぎ)るのである。


【モビルスーツの性能の違いが戦力の決定的差ではないということを・・・教えてやる!】

【これで勝てねば貴様は無能だ。】


さすがシャア専用・・・電源を入れると1〜2秒で起動するのである。

速い・・・そして「がんだむ」と入力し変換すると「RX−78」と変換する。

「ずごっく」は「MSM−07」。

「げるぐぐ」は「MS−14A」。

「ざく」は「MS−06」。

「えるめす」は「MAN−08」。

ちなみにエルメスはMAN−08、MAN−X8、MA−05Hなどと沢山の変換ワードに変わるのである。

うむ、これは初代ガンダムを鑑賞し直さねばなるまい。


などと話がそれたのであるが、この超高速携帯用原稿制作マシン(飽くまでシャア専用!)があれば是ネタなど毎日更新の原稿が書けるのである。

乞うご期待である。





2012.8.24 (金)  感謝、そして不屈の営業力


今回の事故を 【避けようのなかった事故】 と掲示板の書き込みで表現した104氏である。

いま、この表現について104氏は大きく反省している様子である。


―――うむ、避けようのない事故などありゃしないんよ―――


今回は、たまたま飛び出してきたのが普通乗用車だったのである。

しかし、これが子供の飛び出しであった確率はゼロではないのである。


―――うむ、俺は誠に運が良かったんよ―――


たまたま飛び出してきたのが普通乗用車で、たまたま相手のサイドガラスにカラダが突っ込み、たまたま致命傷に至らずに済んだに過ぎないのである。

この気付きを与えてくれた小遣いなし氏に限りない感謝を捧げる次第である。


傷を舐め合う偽善的交流よりも、真の意味で気の置けない仲間になることに邁進しているOVER TAKING ZEROを嬉しく思うのである。

今日は誰かが104氏へ、明日は104氏が誰かへ、そうやって人生を前向きにする強く優しく美しい気持ちを添えられればと思うのである。

自分のせいに出来るのなら遅過ぎる奴なんていない、Just let's me go!


―――小遣いなし氏、本当にありがとうやわいね―――


104氏は岐阜の自宅から大きく千葉に向かって叫んでいるのである。


さて、ここからは104氏の不屈の営業力の話である。

当初保険屋のCBR250RR@104号に対する査定金額(全損として)は悲しいかな62,000円であったのである。

これには流石に阿呆の104氏もキレた様子で、読者諸賢におかれましても掲示板にて104氏の見苦しい書き込みを目撃されたことと思うのである。

あれから今まで104氏は懸命に査定額不服の申し立てをしてきたのである。


自分側の保険屋を介さずに、直接相手方の保険屋に言葉を放ることもしばしばであったので、104氏側の保険担当者はかなり頭を痛めたのではないかと思うのである。



―――好き好んで乗る掛け替えのない愛機が、買い叩かれるのを黙って見ているわけにはいかんやわいね!!―――



珍しく激高する104氏はかなりの見物であったのである。



さて、その甲斐あってかどうかは知らないが、現在のCBR250RR@104号の査定金額は(マシン代のみで)398,000円となったようである。



―――この金額は、あらゆるアフターパーツ代、それに伴う工賃を含んでいない金額やわいね!―――



ちゃくちゃくと交換していたパーツ、それに伴った工賃、それらのリストを作成している104氏である。



―――CBR250RR@104号、短い間だったけれど、本当に本当にお前と過ごした時間は愉しく煌めいていたんよ、

     お前がいるだけで、乗ってやる時間はそれほど作れなかったけれど、俺の世界は本当に本当にうきうきと輝いていたんやわいね、

      この思い、絶対に安く買い叩かせやしないんよ! 誰にも穢させんやわいね!!!!―――



104氏の持つ本当に少ない他人に誇れる能力、それは営業力かも知れないのである。



104氏は爭いを好まず、阿呆で在ることを潔しとする習性故に、怒り心頭に発した気持ちを心に抱いて戦う姿は本当に稀である。



己が利益を求めての戦ではないことが、筆者の目にも見て取れるのである。



この切なく、悲痛なる104氏の思いが、104氏の中で昇華されることを願わずにはいられないのである。


2012.7.16 (月)  ある一日

読者諸賢、こんにちは。

カレンダー上三連休最終日の本日を如何お過ごしであろうか?

筆者は相変わらずPCの前にて執筆作業なのである。

104氏に至っては、祭日はほぼ休みでない勤務体質の企業勤め故、本日も働いているのである。

先ほど、さっそく営業活動に託けコメダ珈琲店に入ったらしい104氏から電子お手紙が届いたのである。

ネタがないので、以下にその文面を転載しようと思う次第である。


―――筆者へ、

ちゃんとOVER TAKING ZEROの更新をしているん?

俺は、むくつけき働きぶりにより大いなる成果を残すために、コメダ珈琲店にて独り営業会議中やわいね。

何故かコメダ珈琲店のブレンド珈琲はブラック党の俺をしてもフレッシュを投下させてしまうんよ。

決して深くはない焙煎豆から抽出された珈琲にフレッシュが投下されることで、砂糖を加えずとも甘く、角の取れたマイルドなコクが無難さを演出するやわいね。

俺の好きなシアトル系の珈琲は一日に何杯も飲むのに躊躇が出るけれど、東海地方代表系のコメダ珈琲ブレンドは何杯でも躊躇なく飲める素敵さがあるやわいね。

ま、薫りや舌触りや微妙な温度変化による味の移ろいを楽しむ分にはシアトル系の珈琲に軍配があがるのだけれどもん。

しかし筆者よ、

なぜに祭日朝のコメダ珈琲店はこんなに休日ムードむんむんなんやね?!

誰もが充足感を含んだ笑顔でモーニングを食し、珈琲を飲んでいるんよ!

企業内政治闘争などというきな臭いニホイを纏った俺など、この神聖なる充足感を汚染する生ゴミのようやわいね!

なぜ、平和を強く願えば願うほど、争いの火は轟々と燃えてしまうん?!

教えて欲しいやわいね。

職場も! ときに家庭も!!

心休まるOVER TAKING ZEROの仲間たちとの交流がなければ、俺など腐った企業内生ゴミやわいね、そして時に家庭内生ゴミなんよ。

団塊の世代、バブル期採用組、就職氷河期報われない世代(俺はココ)、ゆとり教育組、いろんなジェネレーションが存在するんよ、これは仕様がないやわいね。

ならば、みんな仲良くしまっしよ・・・。

いっときの高揚や、他人からの搾取では長期的安定性平和は築けないんよ。

うむ、ちょっと熱くなってしまったのでホットドッグを頼むんよ。

哀しい涙がない、やさしい笑顔あふれる、誰もが強くあれる、そんな世界を俺にくださいやわいね!

うむ、コメダ珈琲店のホットドッグはフランクソーセージの皮の厚さが調度好い加減で、この特製ソースとコールスローの・・・・・―――

104氏からの電子お手紙はいつも長く、読了するのに大変疲れるのである。

要約すると、営業をサボっていることの言い訳、最近の愚痴、読者諸賢への感謝、この三つの内容となるのである。

前から二つは取るに足らないので見捨ててしまうこと必至であるが、最後の項目は筆者も104氏と気持ちを同じくするものである。

104氏が辛うじて生ゴミと化していないのは読者諸賢のおかげである。

頑張った先の報いが薄いこんな時代に、もし心腐らせてしまいそうな読者諸賢がいらっしゃれば、もう誰よりも生ゴミと化すのに危うい場所でうごうご蠢く104氏を観て笑ってやって欲しいのである。

そして、その際に寄り切られず踏ん張っている104氏の阿呆さがにわかな気分転換を喚起するに到ればこれほど本望なことはないのである。

―――明日はどっちやわいね??!―――

探さずとも、かならず明日はやってくるのである。

泣いても一日、笑っても一日。

笑顔あふれますようになのである。


2012.7.12 (木)  化身


一部関係者たちから104氏にサイトの更新を怠るべきではないと非難の声があがっているのである。


―――筆者よ、おまいさんがしっかり更新していれば俺はこんな非難を受けずに済むんやわいね!―――


そう嘯く104氏に、筆者も声をあげ巨大な非難の投石をぶち当てるのに吝かでない。




読者諸賢におかれましては、筆者がサイトの更新をそれはそれはマメに行いたいと常々思っていることをおみしりおいていただきたいのである。


しかし、肝心のネタを104氏が寄越さないのである。


これでは毎日更新を行いたいと、とても真摯なる姿勢でいくら筆者が魂を磨いても無駄なのである。



まぁ、筆者に当サイト更新停滞の責任が微塵もないことの説明はこれぐらいにするのである。



104氏がネタを寄越さないので、勝手に筆者が今回の執筆を作り込む次第である。



さて、今回今月、104氏はホクホクと29日を待っているのである。


その日は104氏の誕生日であり、かつ、鈴鹿8時間耐久レース決勝戦の開催日である。


以前の観戦より4年が経過し、随分と鈴鹿の雰囲気は変化したのであろうか? 熱いドラマは今年も生まれるのだろうか?

そう104氏が思っているのかどうかは定かではない、しかし、筆者がそう思うにつけきっと104氏も同様のことを思うはずなのである。


そして、キャンギャルに可愛いコはいるのであろうか。



猫も杓子もバイクに乗らない時代である。

はたして80年代から90年代初頭にかけての猫や杓子がバイクに乗っていたのかどうかは筆者は知る由もないのであるが、

もし、この2012年に同じバイク乗りで在る読者諸賢ならば、29日の104氏の観戦に時間を共有するのもよろしかろうと思うのである。


筆者が思うにつけ、104氏は期待を裏切らないオトコである。


104氏は、いつ、どこにいても、とびきりの阿呆である。


鬱陶しく思えることも多々あることを筆者からペイフォワードにてお詫び申し上げた上で、読者諸賢の8耐観戦に104氏を引き連れるのも楽しかろうと思うのである。



いや、むしろ筆者から4年ぶりの鈴鹿に降り立つ104氏の御守りをお願い申し上げたいのである。



筆者が思うにつけ、104氏と筆者は仮面ライダーWの様なモノである。


筆者は阿呆な心のみ純粋抽出された化身である104氏が、遠足に行くのが心配でならない親御の気持ちなのである。



筆者は筆者たる時、筆者なのである。


残念ながらPCの前から動くことは出来ない。



遠足に行く104氏の御守りをたくさんの読者諸賢にお願い申し上げる次第である。


2012.6.28 (木)  誰も傷つけない武器

104氏は戦っているのである。

心の中で、独り呟く【誰も傷つけない武器】って合言葉を抱いて戦っているのである。

―――和して、同せずやわいね―――

誰も傷つけないために、誰も傷つくことがないように、攻めてくる敵とも手を繋ぐのである。

―――敵と和するんよ、しかし、決して同せず、俺は俺の(まま)に在り、和するんよ―――

美点に着眼しまっし、と104氏は穏やかに笑うのである。

取り敢えず、笑顔という武器を頼りに104氏は元気に戦っているのである。


その事実を読者諸賢にお伝えするための更新なのである。


諍いは誰の利益にも供しない。


歎くより、泣くより、さぁ笑おう。


強く優しく美しく。


2012.6.13 (水)  負けない心


104氏の勤める会社には系列のグループ会社があるのである。

両社が仲良く和気藹々と手を繋いで利益に邁進している様子を想像した読者諸賢は素直で健全な心の持ち主である。

しかし、待てしばし。

事実はそう健全ではなく、前向きでもないのである。

一見、両社はグループ会社の名の許に、緻密な協力関係を敷いているかのように見えるのである。

しかし、待てしばし。

つぶさに見つめれば・・・それは紛れもなく見せかけの張りぼてに過ぎぬことが容易に見てとれるのである。

謂わば、イニシアチブの奪い合いなのである。

仮に、104氏が所属する会社をA社、グループ会社をB社とする。

A社の営業部を管理するのは我らが阿呆104氏である。

B社にはB社の営業部があり、当たり前の話ではあるがそこの管理者は104氏ではない。

A社とB社は同業界に存在する。

A社の方が起源が古く、A社が本社と言って差し支えない。

ひと昔前はA社の方が業績が良く、業績の至らぬB社に資本援助をしていたのである。

しかし、待てしばし。

リーマンショック以降の現状は明らかにB社の利益が優位なのである。

その差が最近顕著に開いてきていたことを104氏は認識していたらしい。


事実上の経営者はA社、B社ともに同一人物である。


104氏はA社の雰囲気が大好きで、ことB社との競合や関わり合いに積極的ではないのである。

しかし、B社は完全にA社に対し優位に立つことを目指し、イニシアチブの掌握に余念がないのである。


業績の至らぬ時期もある。

売り上げの上がらぬ時期もある。

営業を続けていれば、それは仕様がないことである。


―――どこに敢えて身内同士で相争う必要があるんやわいね?!―――

104氏は声を大にして警鐘を鳴らすのである。


しかし、今がイニシアチブを握る好機とするB社にその牽制は効かない様であった。


―――エマージェンシーやわいね!!―――


急遽乗り込んできたB社幹部連に104氏は驚いたのである。


業績の不振を暴くとき、なんと営業部の脆弱なることか・・・。


A社営業部の売上と利益を各営業個人毎に分析するB社幹部連。


自分のうちの台所に、土足で踏み込まれたことに怒り心頭に発する104氏。


責任の所在を明らかにしようとするB社幹部連。


人材資源としての己が右腕を引き千切られる104氏。


奇襲をかけた敵に、アドヴァンテージをとられる104氏。


―――戦争は、誰の利益にも与しないんよ!―――


そう叫びながら、戦火に仲間たちが巻き込まれることにコブシを握らざるをえない104氏。


阿呆の血は、それでも戦争の不利益を回避する道を選んだのである。


結果、惨憺たる惨状に見舞われた。



あとに残ったのは・・・忸怩たる思いのみであった。



2日間、104氏は己の無力さと、それに起因する悲観に暮れたのである。



104氏は阿呆であり、怒ること、泣くことがあっても、それは宵越しの感情足り得なかったのである。

これは数少なき、阿呆の血の美点である。


しかし、今回の惨状と忸怩たる思いに、この通例は当て嵌まらなかったのである。




―――自分の居場所は自分で作るんよ! 奪われた仲間たちも、この手で取り返したるやわいね!!―――


負けた時、奮起し勝利への一歩を踏み出せなければ、それは確定的な結果となるのである。

だがしかし、もし、非を己のせいにした上で、未来への勝利への一歩を踏み出せるのならば、なんどでも企業戦士は生き返るのである。



―――絶対負けんよ!―――


ここに、勝利を誓う104氏である。



この決意に至るに、大いなる気付きを与えてくれたかつての上司W氏に最大限の感謝を奉げる。


2012.5.29 (火)  何度目の正直?!

104氏が腐れ大学生であった頃の話である。

類は友を呼ぶのであろうが、個性的に過ぎる人間が彼の周りには集まっていたのである。

遍く彼らは変態あると言えたのである。

無論、104氏が変態であるということに疑いはない。


あの頃の昔話を104氏に語らせれば、筆者は、当サイト更新ネタの枯渇を憂う必要がないのである。


そうあれは、腐れ大学生1回生の頃であったと思うのである。


とある木造、ぼろアパートの2階に、とある変態が住んでいたのである。


彼の名を【橋浦Y介】という。


104氏は、一時期毎晩彼のアパートへ初代グランツーリスモ(PS)をやり込みに出かけていたのである。


紫色のNSXが104氏の操る愛機であったことを懐かしく思い出すのである。


さて、この橋浦氏が恐ろしくグランツーリスモがヘタクソであったのである。


然らば、なぜ故、何が彼を変態たらしめたのか?


今こそ隠さず申し上げよう。


彼はその外見からは想像も出来ないことであったのであるが、紛うことなき音楽の天才であったのである。


彼は、へヴィーメタルの虜であった。


今にして思えば104氏がヘヴィメタル好きになったのは彼の影響であったとさえ言えるのである。


彼のアパートには毎度毎度、魅惑の音楽が流れていたのである。


彼のメタル信仰は聴くに止まらず、完コピギター演奏に始まり、ドラム、ベース、セカンドギター、すべてのパートをシーケンサーに打ち込むオリジナル作曲にまで及んでいたのである。


腐れ大学生として学内でくすぶり続け、おおよそ輝くものなど何もないと思えた彼であるが、ことそのギターを掻き鳴らす姿だけは神がかって見えたと104氏は言うのである。



―――あまりにもかっこ良過ぎて、師匠と仰いだくらいやわいね!―――


当時の情景を104氏は昨日のことの様に思い出せるというのである。



師匠を見つけた104氏は早速自分のギターを購入しに走ったのである。


当時自身の住まうアパートの家賃を払うことを潔しとせず、その家賃を3か月分滞納し、104氏はカッコいいギターを手に入れたのである。


脳内では、橋浦氏の様にかっこ良く美しい演奏を弾きこなす自身の姿がエンドレスでリプレイされていたのである。


しかし、後に、家賃の滞納と引き換えに手に入れたこのギターは埃を被り、弦は錆び、然る後、友人に格安で売られていったのである。


空しく家賃の滞納のみが手元に残ったことを104氏は思い出すのである。


そう、104氏は師匠についての地道な練習をすぐに投げ出したのである。


努力なくして、実りは得られない。


端的に言えば、104氏は挫けたのである。


その後、めっきり師匠のアパートへ向かうことはなくなったという。


若かりし頃の苦い思い出である、と104氏は言うのである。


その後、師匠ではなくなった橋浦氏がヘヴィメタルの世界に閉じ籠り、単位を落としまくった後、留年したと風の噂で聞いた104氏である。


今も、かつての師匠橋浦氏との交流は途絶えたままである。


およそバイクに興味のない橋浦氏であったから、彼が当サイトの読者諸賢である確率は限りなくゼロに近いのである。


―――もし、このサイトを観て、俺に気付いたなら是非電子お手紙をくださいやわいね!―――


あの時、疎遠になってゴメン、と104氏は言っているのである。


こうして謝るまでに当時から数えて、十数年経ってしまったのである。


気が付けば、104氏も筆者も随分とオヤジになってしまったものである。



あの時、もし地道にギターの練習に取り組んでいれば・・・・・

あの時、師匠の語る意味不明なペンタトニック理論や、運指の効率化に耳を傾けていれば・・・・・

あの時、もっと努力していれば・・・・・


いつもそうである、後悔は先に立たない。


いまだ、104氏はギターと言わず、なにひとつ楽器を満足に弾くことが出来ないのである。



―――最近、無味に時が流れていっている気がするんよ・・・そしてその流れは年々早くなっている気もするんよ―――


バイクに乗っていない時の104氏は、ただ今という時間を過去に向かって無造作に投げ捨てるだけの人間であるのかも知れない。



―――どうして、腐れ大学生時代が輝いて美しく見えるんやわいね??!―――


ほろ苦く、切なく、あの頃を思い出しながら、いま104氏は何かを始めねばならぬと筆者に語るのである。



―――もう一度、もう一度、やってみようと思うんよ―――


104氏はギターの練習を始めると決心したのである。


―――うむ、挫けないように長い目で目標を設定するんよ! 35歳の誕生日までに何とか曲らしきものを弾けるようになるやわいね!―――


来たるべき7月の終わりに104氏は33歳になるのである。


2年間と少し、おそらく、まだまだ子供たちには手がかかり、ヨメ様は家事と育児と仕事に多忙を極めるのであろう。


バイク趣味は引き続き大切に大切に継続させていく所存であると104氏は言う。


しかし、バイクに乗っていない時も、自身を輝かせるために、ギターを始めると言うのである。



筆者は思う、おそらく104氏は地味な練習と一向に上達しない己に嫌気がさし、すぐにまたギターを投げ出すであろうと。


しかし、今は33歳を迎えようとするオッサンの決意を応援してあげようとも思うのである。


一向に上達しない様を、コンテンツに起こしてネタにするのもいいかも知れない。


しかし、104氏が恐ろしく音楽的才能に恵まれないことを知る筆者ゆえに一抹ならぬ不安が拭い去れないのである。



当サイトの読者諸賢はそれぞれに、趣味に没頭しているのであろうか?


2012.5.23 (水)  目前!

当たり前の話であるが、アクセスカウンターが毎日回るのである。

1セクションを厳しめに見つめる設定なので、同人物が短時間に何回当サイトトップページを踏もうと1回しかカウンターは回らないのである。

かつ、当サイトの読者諸賢は有能であり非効率を嫌う方が多いので、いきなり是ネタコンテンツや掲示板に直飛びする動きもアクセス解析から見て取れる。


―――どうか、みなさんトップページより当サイトにお越しくださいませやわいね―――

各ページにアクセスカウンターを設置するのは面倒くさいので104氏は読者諸賢にそうお願いするのであるらしい。


しかし、そんなこんなで牛歩ながら確実に当サイトのアクセス数は伸び、気が付けば100,000HITを目前にしている事実が見えるのである。


―――読者諸賢本当にありがとうなんよ、支えられて、優しさ、強さ、元気をもらいながらここまで運営してきたやわいね―――


真摯に謝意を述べる104氏に筆者も激しく想いを同じくするのである。


―――これからも、ライフワークの一環として、OVER TAKING ZEROを運営していくんで、よろしくお願いしますやわいね―――


100,000アクセス目を踏んだ読者諸賢はプリントスクリーン機能でその刹那を記録し、それを添付して104氏に電子お手紙を送って欲しいのである。


―――心ばかりのサプライズを!―――


104氏は叫んでいるのである。


2012.5.21 (月)  CBR250RR




ここ最近の104氏は、呑みすぎかつ、PC画面を見つめ過ぎかつ、読書のし過ぎ、というルーティンにて夜更かしを毎日行っていたのである。

朝寝ぼけ(まなこ)で起きぬけて、昨夜の呑み過ぎを恨めしく思う毎日である。

少し気を抜くともう出勤にクルマを使わせてもらおうとする怠け者である。

その為に、104氏は自身を律するためにクルマを自宅から最果ての場所に放置プレイとしたのである。

これにより、もうどれだけ朝が辛くとも、104氏はバイクで会社に向かわねばならないのである。

莫迦だ阿呆だと、この自分に対する仕打ちを関係者一同に(わら)われながらも104氏は一向に意に介さない様子である。


―――確かに、寝不足と昨夜の呑み過ぎを引き摺ってバイクで通勤する準備をするのはしんどいんよ―――


それでも、会社に行かねばならぬ現実とクルマを歩いて数十分の最果ての地に取りに行く面倒さが104氏をバイクに跨らせるのである。


―――よし、無理矢理にでも俺はバイク乗りたる自分を楽しんでいるやわいね―――


自分で自分に試練を課したサディスティックな歓びと、それを享受するマゾヒスティックな悦びに浸りながら、間違いなく今日も104氏は阿呆である。


しかし、どうしても人間楽な方に楽な方に流れてしまうのである。


毎日バイクで通勤しなければいけない境遇において、104氏が跨るのはNチビばかりなのである。


―――だってお手軽なんですもの・・・―――

104氏はそう言い訳をするのである。


104氏曰く、

Nチビのオモチャのような車体は気負わずに乗れるらしい。

かつ、雨が降ろうと、黄砂が酷かろうと、ちょっとくらい転ぼうと、Nチビならそんなに気にならないらしい。

―――CBR250RR@104号は、その点Nチビと比べると重いし、汚すと洗うのが面倒なんよ―――

気が付けば数か月の間、104氏はCBR250RR@104号に乗っていないことに気付いたのである。



―――うぬぅ!これはいかんやわいね―――

Nチビの動力性能は通勤に使うことにおいて、まったく不足がないのである。

まして、その吹け上がりたるやチビでも流石2st!と思わせるもので、その手軽さと合わさり毎日の使用を選ばせるに隙がないのである。


―――無理繰りにでもCBR250RRを引っ張り出してエンジンに火を入れねばならんやわいね!―――

叫ぶや否や、いそいそとガレージに向かう104氏であった。


ガレージには、冬眠の為、毛布を掛けられ、その上から随分と埃を被ってしまっているCBR250RR@104号が佇んでいたのである。


―――うぬぅ・・・なんだかとてもCBR250RRに悪い気がしてきたんよ・・・バッテリーとかガソリンとか大丈夫か知らん?!―――


お手製のSUS304製アンカープレートに鎖で繋がれたCBR250RR@104号をガレージの外に出してみた104氏である。


少しドキドキしながら、久々にキーを差し込み、カチ、カチと2回右にそれを回してみたのである。

Nチビの同じ動作に比べて、とても節操のある感触であったと104氏は思ったらしい。


数か月の放置プレイにも関わらず、CBR250RR@104号は元気に眩い緑色のニュートラルランプを点灯させたのを104氏は目にした。

ガソリンコックをOFFからONに切り替え、オイルラインへオイルを送るべく、またシリンダーとピストンを極力労わるべく、エンジンキルスイッチをONにした104氏である。


その状態で、火花を飛ばさないクランキングを5秒ほど行い、それを3回繰り返した。


オイルランプがセルスタータボタンを推すと同時に消えるようになることを確認し、キルスイッチ解除。


そして、ご機嫌麗しゅう?と囁きながらセルスタートを行ってみたのである。


・・・刹那、エンジンはいとも簡単に目を覚ましてくれたのである。


―――おおおおぉ、なんか感動したやわいね!―――

R1-Z@104号の時代は、放置プレイからの目覚めがとってもとっても悪くて辟易した記憶が色濃いのである。

今回のCBR250RR@104号の目覚めの良さに、今まで乗ってあげていなくて本当にゴメンナサイ、と104氏は反省したのである。


―――明日は雨が降る確率が高いやわいね、今日はお前を連れて帰ることはしないでおこうやわいね―――

そういいながらも、近所をぐるーっと一周CBR250RRで走ってきた104氏であった。



―――こんなにシルキーなフィーリングだったかいや? こんなに低速からパワーあったじ??―――

日頃50cc(63cc登録)に乗り、ヤクルト1本分のその排気量に過不足を覚えない状況に慣れていた104氏である。

その状態で乗るCBR250RRは大変に、本当に大変に素晴らしい素敵なフィーリングを感動を104氏に与えてくれたのである。


―――どうせ、暫くしたらすぐに慣れてしまうんよ・・・それでも、今日改めて素敵なフィーリングを感じさせてくれたCBR250RRというバイクは素晴らしいやわいね!―――


CBR250RRばかり乗っていた頃は、そのフィーリングがシルキーなどと一切思わず、思っていたより荒々しくガサツでさえあると感じていたのである。


それが今はどうであろうか!


前後サス、タイヤ、ブレーキ、各種ベアリング、各種シール、各シャフト、その全てにメンテナンスの手を入れきってあるCBR250RR@104号である。

流石に、ホイールベアリングとタイヤ、ステムベアリングを変えたのみのNチビとは比較にすらならない素晴らしさであった。


人間の好い加減さと、順応性の高さを改めて思い知らされた!と104氏は痛感しているのである。


―――晴れた日は極力CBR250RRに乗るやわいね! これは素晴らしいフィーリングなんよ―――


R1−Zに乗る時も決めたことであったではないか、乗って乗り倒してヤレるのならばそれは本望であると。

フレームも外装も、エンジンパーツのある程度もストックは完了しているのである。


―――お金で買えないテクニックを、乗り倒すことで手に入れまっし!―――


走行距離を重ねて重ねて、ヤレ果てたその後、コイツが自分を飽きさせることなく存在するのであればエンジンのOHも辞さずであると104氏は心に決めたのである。



―――今言えることはただ一つ! 20年以上型落ちであろうと、コイツを購入したことに一片の悔いも無しやわいね!!―――



2012.5.18 (金)  ペイフォワード(善意の前払い)の対価



ツーリングに行ってきてもいいよ、とヨメ様にたまに言われる104氏である。

こういう時のヨメ様は決まって機嫌が麗しいのである。

104氏が珍しく何か家庭内成果を生んだとき、かつ、ヨメ様の機嫌が良い時のみツーリングの許可は与えられるのである。

こうして取り付けた約束を、104氏は大切にあたためて、何処に行こう?何をしよう?などと想像するらしいのである。



先日、ヨメ様がギックリ腰を発症したのである。

平日の昼間、104氏は自身の仕事を全て放り出し、ヨメ様の救出に向かったのである。

翌日に重要な業務上の監査をひかえており、それの準備を完全に放擲することになったこの104氏の救出活動に筆者は男らしさを感じずにはいられなかったのである。

余談であるが、翌日の監査にて104氏は企業内にてズタボロにされた。

104氏は、自身が駆け付ける前にヨメ様を助けてくれていた関係者一同に紳士なる振る舞いにて謝意を伝え、かつヨメ様の気分が暗く沈まないように努めたのであった。


決して104氏は見返りを求めて行動を起こしたのではない筈である。

しかし、これをヨメ様に認めてもらえたのか、ツーリングの許可が6月に降りたのである。


この様な状況でペイフォワード(善意の前払い)は支払済みとなっていたのである。

その対価として取り付けた約束が「ツーリングに行ってきていいよ」なのである。


このラッキーを104氏は本当に悦んでいたのである。



・・・悦んでいたのである? 何故過去形で語らねばならぬのであろうか?



いつも、薄氷を踏み歩く104氏は決まって目標となる対岸まで辿り着けず、冷たい水に嵌るが如く中々ツーリングなど実現しないのである。


しかし、今回の様に、本当に本当に幸運としか言いようのない、家庭内実力とは関係ないチャンスを104氏は極稀に手にするのである。

そして、その度に、本当に本当に悦ぶのである。


しかし、約束が無事執行されるまでにはある程度の日数を要するのである。


その間に、104氏が家庭内において、なんの地雷も踏まずに過ごせるであろうか(反語)



・・・そう、過ごせる筈などないのである



ツーリングに行ってきていいよ、と104氏に言ったあの時のヨメ様はどこに逝ってしまうのであろうか?


ペイフォワード(善意の前払い)を対価に交わされた約束は、ヨメ様の気分次第でいつも風前の灯と化すのである。



狙ったわけではないが、善意の前払いによって「行ってきていいよ」、と言われたものに対して、後から後からその好機が水に流れる危険性に怯えながら過ごす日々。



約束はすんなり実現しないことの方が多いのである。



仮に、仮にである、実現したとしても、ことあるごとに「行かせてあげない!」を脅し文句にされ、約束執行日まで104氏は苦悩するのである。



―――ドタキャンの危険性がこれにより高まり、クラブのみんなに迷惑を掛けてしまうことが、自分で許せないんよ―――




計画を計画として、約束を約束として、言葉通りの意味を成すものとしたいと104氏は切に願うのである。



家庭内で、もっと認められるオトコになればいいのでは?と読者諸賢とヨメ様は思うのであろう。

そうなっていればなんの心配もいらないだろうと。


しかし、頑張れども頑張れども、ヨメ様から104氏への家庭内評価は超低空飛行である。






この問題は、愚痴以外のナニモノでもなく、不粋な執筆になるから記事にしないでくれ、と104氏から頼まれていた筆者である。


しかし、このままではあまりにも104氏が可哀想であると思う為、今回の愚痴記事を執筆した次第である。




なぜ、筆者まで哀しい気持ちになるのであろうか?


2012.5.8 (火)  NSR50

注)排気量の点において今回の記事には嘘が含まれているのである、とここに宣言しておくのである。

通勤に飽きもせずNSRを使っている104氏である。

(63cc登録済みの)50ccがこんなに楽しいものだとは思いもしなかったらしいのである。

本当にボアアップしたらどんなに楽しいのだろうと思うらしいのである。

50ccのキャパシティをピストンが毎分11,000回転で動くとき、シートの上にウェイト56kg重の104氏を乗せてなお、このマシンは約100km/hの速度で走行するのである。

―――素晴らしく気持ちの好い弾け方でエンジンが回るんよ! 走行フィーリングも本当に素晴らしいやわいね―――

NSR50を軽い気持ちで手に入れて、実際に乗ってみて初めて理解できたことがある、そう104氏は言うのである。


―――うむ、コレが新車で買えるうちに1台ストックしておきたかったんよ・・・ファーストバイクをコイツで始められた過去を持つ人はしあわせかも知れんやわいね―――

小さいながら、ライディングの楽しさが凝縮されていると思われるのである。


構造も簡単で、自分でメンテナンスが出来る出来ないに関わらず、勉強しながらでも面倒を自分でみていこうと思えるマシンなのである。


104氏の所有するNチビは前期型であるが、それでも十分に楽しめるようである。



―――あぁ! 願わくば、綺麗なノーマル車両がもう1台欲しいんよ!!―――


NSR50、お小遣いを貯めて購入に踏み切る価値は存分にある。


2012.5.7 (月)  カメラ選び

104氏は凝り性であり、カメラや時計、ライター・・・ひいては電化製品全般、色々なものが大好きなのである。

104氏は基本的にモノを大切にするタイプの人間であるが、基本として【モノより思い出】というスタンスに重点を置いているのである。

その為、104氏所有のあらゆる製品は頻繁に素敵な思い出を残すために冒険を迫られ、時として殉職するのである。

だから104氏は堅牢性の高い製品が好きである。

また、エンジニアの情熱が感じられる製品に強く惹かれてしまうのである。

一緒に素晴らしい体験をするのならば、モノといえど魂が宿った相棒がいいのであるという。

しかし、この世に無敵という製品は存在し得ず、104氏は不本意ながら数多の製品を屠ってきた過去を持つ。


最近では、昨年の12月3日&4日に行われた関東OFF会(飲み会)にて、パナソニック製品FX01(デジカメ)をビアバーのテーブルより高跳びさせ帰らぬモノとしたことが記憶に新しいのである。

―――モノより思い出やわいね!―――

その際に、そう断言し悲しい顔ひとつ見せなかった104氏を筆者は素敵に思ったものである。

別れあれば出会いあり・・・先に述べた殉職FX01の後継ぎに104氏はパナソニック製品TZ7を迎え入れたのである。







光学12倍ズーム、ワイド端25ミリ相当、テレ端300ミリ相当、1200万画素CCD、「AVCHD Lite」にてHD動画まで撮影できるのである。

ライカ DC VARIO-ELMARレンズ 8群10枚を装備し、解放絞り値はF3.3(ワイド端)〜F4.9(テレ端)となる。

焦点距離はf=4.1〜49.2mm(35mm判換算 25〜300mm相当)


最新モデルではなかったので、上記性能を104氏は6,000円で入手したのである。

おそらくこれは激安中の激安であったはずである。



―――なんと、素晴らしいコストパフォーマンスなんやわいね!!!―――

昨今の最新モデルへのチェンジサイクルと、それにまつわる旧モデルの価格破壊に心底参りました、と104氏は呻くのであった。

そして、モノづくり産業に我が身を置くことへの恐ろしさを痛感したというのである。



さて、FX01の跡を継ぎ今後大いに当サイトの更新業務に貢献する予定であったこのTZ7であったのである。

・・・・・さて、何故過去形で上記のごとく書かれるのであろうか?そう疑問にお思いの読者諸賢もいらっしゃるかも知れないのである。

申し上げよう・・・一度も、そうたった一度も当サイトの画像更新に貢献することなく、2日前にTZ7は帰らぬモノとなったのである。



コトの顛末をここに執筆させていただくとするならば・・・・・・



人気高級子供服ブランド、【ヒステッリクミニ】のケバケバしいデジカメ収納ケース(←なぜか超高額)にその身を包まれたままTZ7は104氏の腰の高さから宙へ飛び出したのである。

『ポトリ』とアスファルトの地面にその身を横たえた様に感じたTZ7であったのであるが、それは凡そ104氏の希望的擬音表現であったのかも知れない。

通常、遍く小売店に売られているどんなデジカメケースでも衝撃吸収材を装備しているものである。



しかし、そこは流石ヨメ様の好みで一方的に選ばれた超高級ブランド(104氏にとっては価格設定がそう映る!)【ヒステリックミニ】のデジカメケースである。

実際はケースに包まれたままの落下によるアスファルトへの着地であったが、『ポトリ』ではなく『ガチャン』と音がしたように筆者は思うのである。



まさか!超高級ブランド(←本当に納得できない価格設定なんよ!!)【ヒステリックミニ】のデジカメケースの防御力たるや筆舌に尽くし難いほど高いに決まっているのである。

104氏が超高級ブランド【ヒステリックミニ】のデジカメケースからTZ7を救出した時点では一切の外傷などは見当たらず、TZ7は生きているかのように見受けられたのである。



しかし、ひとたび電源を入れてみるとTZ7の動きは104氏の理解を完全に超えたモノに豹変していたのである。




―――うぬぅ!TZ7よ何故にお前は、左端の撮るに足らない石ころや背景であるはずの木々たちにしかピントを合わせなくなってしまったんやわいね??―――

104氏を嫌う不貞腐れたオンナのコの様に豹変したTZ7は、完全に104氏が意図した被写体をボケにボケさせ、背景にしか過ぎぬ石ころや木々をベタピンにするのである。




―――おおおおおおっ、これは殉職なのん? なんだか普通に生きてる感じで全く役に立たないんのが悲しいんよ・・・―――


104氏はそう呟きながら、そっとTZ7にサヨナラを告げたのである。






このようにして、短期間のうちに104氏は当サイトの最重要広報担当であるデジカメ一郎(FX01)とデジカメ次郎(TZ7)を失ったのである。




―――悲しい事態であるんよ―――


そう呟く104氏は今週末に【OVER TAKING ZERO 関東組】のOFF会が開催されることに思い当たったのである。






―――おおおお、悲しんでいる暇などないやわいね! モノより思い出、思い出なんよ!!―――


そう叫ぶと104氏は、むくつけき努力により今現在もっともコストパフォーマンスに優れた高機能デジカメ機種をデジカメ三郎と名付けるために探し始めたのである。








―――できれば使い慣れたライカレンズのパナソニック製品がいいんよ・・・でもTZ7の様に打たれ弱いコだと貸し出す先のカメラマンに要らない気を遣わせてしまって心苦しいやわいね・・・―――


最近のキャノン製品は嫌いなんよ、ことカメラにおいてカシオはイケてないやわいね、フジフィルムは何か足りない気がするんよ、この際ニコンのデジ一眼にしまっし?、等等さんざん呟いていたのである。






さんざん悩んだ挙句、104氏はひとつのモデルに辿り着いたのである。







もう、今現在(最新モデルじゃなくてもいいという自由さをもって)選ぶならコイツしかないであろうという機種である。




























































104氏が辿り着いた機種は・・・・・・・






























































【ニコン製 COOLPIX S8100】 である。






























































































































































































































































































































本体サイズ : 約104×29.9×59.2mm

重量 : 約209g

バッテリ : リチウムイオン充電池「EN-EL12」 フル充電までの時間 : 約3時間50分(長い!!←短所w)

撮像素子は1/2.3型の裏面照射型CMOSセンサー

有効画素数は1,210万

レンズは35mm判換算で焦点距離30-300mm相当

F3.5-5.6の10倍ズーム

前モデルでは、1/2.3型の有効1,420万画素CCDが採用されていたにも関わらず、有効画素数落として登場(当時)したことが流石ニコンと思わせてくれる。





―――実売価格¥10,000の癖に、なかなか面白いテクノロジーを搭載しちょるんよ!

     @夜景モードは、低めのISO感度で高速連写した画像を合成して、手ブレやノイズを低減した写真に仕上げてくれる。

     A逆光モードは、逆光時に、露出の異なる2枚の写真を高速で撮影し、1枚の写真として仕上げることで白トビや黒つブレの無い写真にしてくれる。

     B高速連射モードは10コマ/秒、最大5コマまでの撮影が可能。

     Cスポーツ連射モードは約1/120秒以上のシャッタースピードで、最大54コマまでの連写が可能(画像サイズは1,280×960ピクセルに固定)

     DフルHD(1,920×1,080ピクセル)での動画撮影が可能(動画撮影中に静止画を撮影することもできる)

          このサイズ、この性能にして、この価格、それもニコン製品・・・発売当時の実勢価格が4万円弱だった筈なんで・・・1万ポッキリの今は絶対買いなんよ!―――




このS8100というモデルは、フラッシュレッド、プレシャスゴールド、ノーブルブラックの3色がラインナップされているのである。

叶うことならノーブルブラックが一番欲しいと104氏は言うのである。


しかし、なぜか市場で一番安いのはフラッシュレッド、時点でプレシャスゴールド、ノーブルブラックは何故かフラッシュレッドに比べて2,000円以上割高なのである。



―――うぬぅ、色は違えども性能は同じ、それなのに価格は違う・・・コイツが体験するであろう今後の冒険の日々を思えば色はハゲハゲになるから関係ないと思うことにするんよ・・・―――

あれほどレッツノートSX1のブラックカラーにはこだわった癖に、1万円のデジカメには簡単に色へのこだわりを捨てられる104氏である。


3型の液晶モニターは約92万ドットもあり、裏面照射型のCMOSセンサーは高感度低ノイズが期待できそうである。


バッテリーを充電する際に、カメラ本体にバッテリーを入れたままコード接続させなければいけない点のみ鬱陶しい仕様であるが、1万円でこの性能なら色選択同様完全に目を瞑れるのである。


―――ニコンのオートホワイトバランス調整は個人的に自然で大好きなんよ―――


貧乏人104氏が、向う見ずなバイクライフで手を繋ぐカメラは、その都度こうして吟味され選ばれていくのである。


2012.4.19 (木)  馬鹿莫迦戦争と純情とサンドバッグ 〜煮詰まってる鍋みたいな頭ン中〜


全体の利益を求めているようで、その実厭らしい個々の覇権争いという企業内政治闘争に巻き込まれている104氏である。

―――そりゃ煮詰まりもするやわいね!―――

戦いたくはないのであるが、戦わないと自部員たちを守れないというコトの顛末を迎えてしまうのである。


―――ふん、そんな顛末は御免被るんよ!―――


その為に外したくはない阿呆の仮面を外さねばならぬ時もある、と104氏は言う。

しかし、阿呆の仮面を外したからと言って、中から現れるその正体も阿呆である。

―――美しく素敵に進めばいいのに・・・―――

些末な争いに辟易しながら、振るいたくはない威力を振るう時、104氏はそう呟くのである。

―――みんながみんな己のフィールドで、前向きで建設的な業務に当たればそれで済む話なんよ―――

もはや、【企業成長へ貢献し己が暮らしを豊かにする】という大いなる果たすべき目的を見失った魑魅魍魎どもに敗北をくれてやる労力さえ惜しく思えるのである。

争いに勝利して座る権力の座に安穏の日々は長く続かないことにどうして気付けないのか?



―――揺ぎ無く、掛け替えのない人材だと自分を信じればいいんやわいね―――

阿呆は莫迦どもにそう言い放つのである。



さて、聡明な読者諸賢に貴重なお時間を頂戴しここまで駄文に目を通していただいたのである。

この時点で104氏が如何にくだらぬ日常に揉まれているか無粋な絵を想像させてしまったことを筆者からお詫びする次第である。


しかし、104氏の煮詰まりはこれだけに止まらないのである。


―――この悪しき馬鹿莫迦戦争に疲労した後、知人の飲み屋を手伝いに行くんよ―――

少しでもヨメ様遣り繰りの家計予算枠を広げてやりたい、その先にしか自身の趣味は成り立たない、そう104氏は信じているのである。

しかし、純情な感情は1/3も伝わらないのである(体調が壊れる程働いても)。


仕事上の【疲労】の一切合切を家庭内において発言しないと決めている104氏は阿呆かも知れない。


【暴れん坊】、【聞かん坊】、およそ想像し得るヤンチャな称号をすべて手中に収める104氏ジュニア2匹たちにヨメ様のストレスはMAXなのである。

その為、無益な争いは企業外の家庭内でも起こるのである。


―――事件は会議室だけで起きているんじゃないやわいね! ほらココにもアソコにもコチラにも争いの火が見えるんよっ!!―――


夫婦喧嘩への消火活動は焼け石に水である。

むしろ知らぬ間に水は油にすり替えられ、その業火はメラメラと音をたてて104氏を焼き尽くさんとするのである。

大やけどに癒えぬ傷を抱えながら、今こそ、104氏は覚悟を決めなければいけないのだろうか?と悩んでいるらしいのである。


―――うむ、サンドバッグになるんよ、家族が笑って存在するために―――


武器を笑って捨てながら、阿呆はただひたすらに前向きである。


―――返す刃に誰も傷つけることが無い様にやわいね―――


笑って言い置いた後、ヨメ様のストレスに殴られるに吝かでない、と104氏は言うのである。


敢えて八つ当たりの的になろうとする104氏は阿呆であろうか?


阿呆なりに、しあわせを考えた決意であるらしいので、筆者は見守ることしかできないのである。


少しでも、育児ストレスから大切な人が解放されればそれでよい、そう無邪気に笑う104氏は滑稽であるかも知れない。


願わくば、せめて104氏の純情が1/3は伝わって欲しいと思うのである。


こうして、家庭に仕事に趣味、

人生において堂々と聳え立たせなければならぬ三大柱を前に、そのすべてに煮詰まってる104氏である。



―――苦しくとも、強く優しく美しくやわいね、上を見ても下を見ても限がないんよ、非は我にあり、そう思い定め進んでいきまっし!―――


何もかも自分のせいに出来るなら、未来は明るく輝く、そう信じるのである。


2012.4.12 (木)  遊び人

何かと 【遊び人】 という世間一般的には不名誉なお言葉を頂戴することの多い104氏である。

――― 一生懸命 人や 物 を好きになることは素敵なことなんよ ―――


104氏は、昨日も今日もお取引先や社内などのそこかしこで 【遊び人】 と言われたのである。


――― うむ、素敵な褒め言葉やわいね ―――


満足げに104氏は笑っているのである。


2012.4.11 (水)  狂信的

自然体でリラックスして、揺るぎ無い己で在ろうとすることが理想であると今更ながらに思うのである。

そう思いながら阿呆の104氏は、今日も揺るぎまくりで一日を過ごしているのである。


どうしても揺るぎ無く在ろうとするとき、初めのうちは順調に漕ぎ出したはずの己が旅路に狂信的な脅迫観念が芽生えてしまう傾向があるのである。


―――まことに困ったことであるんよ―――

そんなに困った風に見えない表情をしながら104氏は呟くのである。


どうして人間はちょうど好い湯加減に浸り続けることが出来ないのであろうか?


―――慣れてしまうんよ・・・―――

珍しく、104氏はコトの本質を突くのである。


そうなのである、ちょうど好い加減に環境を整えたしかる後、その快適な環境に慣れてしまう順応性が問題視されるべきモノかも知れないのである。



―――うぬぅ! 今日も全力で好い加減で在ろうとする俺の努力は何処へ向かうんやわいね??―――


周囲の嘲笑を吹き飛ばすが如く、104氏は【好い加減であること】に全力で腐心しているのである。


その姿たるや、(いささ)か狂信的に見えないこともない。



―――うむ、諸君! 好い加減は素晴らしい状態なんよ! 貴君も、貴方も、是非好い加減たる努力を惜しむことなかれやわいね!!―――


久々に、創作的な文章を執筆した気がしないでもないのである。


2012.4.9 (月)  習慣化

64bit win7 16Gメモリ・・・随分と高速化したPCを前に、この際だから更新を習慣化してしまえばどうか?と104氏に提案してみたのである。

毎晩決まったこととして、この日記コンテンツを更新すれば良いのである。


―――そうするとツマラン内容の更新が増えるんよ!―――

面倒を抱え込む気配にすぐさま104氏が防御線を張るのであるが筆者は其れを許さないのである。


読者諸賢にしてみれば、更新がないサイトの如何にツマラナイことであろうか!


更新をしっかり習慣化出来てから、その内容たる質を高める努力にむくつけき姿を晒せば良いのである。


ここのところタイピングに変な癖が出てきたことも要反省であり、己の運指を見直す機会にもなれば幸いである。


2012.4.8 (日)  Y7 と SX1プレミアム

Y7 使いとしてここ数年を過ごしていた104氏である。

―――Y7にはなんの不満もないんよ、堅牢性、タイピングし易さ、画面解像度、液晶質感、すべてにおいて満足やわいね―――

まったく飽きが来ず、こんなに可愛く思えるPCも珍しい、と104氏は言うのである。


しかし、いろんな企業政治的理由から新しいPCを購入しなくてはいけなくなったのである。

―――周り関係者全員に反対されながら、今回はSX1プレミアムを購入することにしたんよ!―――

それ以外の機種では長年の相棒としてきたY7を超えることが出来なかったらしい。


周りが反対する理由No.1は高い!というものであった。

その為、およそY7を愛する104氏は、もういちいち社内で争うのも面倒くさいので、いっそこのままY7を使用し続けようか?とも考えていたようである。


しかし、そんな104氏の心を知ってか知らずかSX1プレは104氏の許に届けられたのである。



―――1600×900解像度(HD+)は思ってた以上にいい感じなんよ! ただ、液晶の青みが強すぎる感じやわいね―――

タイピングのし易さ、重量、質感、バッテリーの持久力、どれも素晴らしいだけに液晶の青みのみが気になるのである。


―――ま、それでもこれから末永くよろしくお願い致しまっし!―――


新しい相棒に、挨拶を済ませ、104氏はサイトの更新頻度向上に燃えているのである。


2012.4.7 (土)  移行完了!!

―――【Y7】 から 【SX1プレミアム】 へのサイトデータ移行完了やわいね。

     ホームページビルダーVer.11からVer.16に買い替えなんよ。

     結構使い勝手が変わってて戸惑うやわいね―――」

そう言いながら、104氏はホクホクとしているのである。


なおこの更新は、アップデートテストを兼ねているのである。


2012.3.29 (木)  辛いならやめれば?

「辛いならやめればいいのですわ」

最近よくそんなコトを言われる104氏である。



少し前に体調を崩し1週間寝込んだ後、快復したと思えた頃からまた104氏は仕事終業の後、知り合いの飲み屋の手伝いを始めたようである。



睡眠不足、精神的疲労、肉体的疲労、この3点の蓄積を周りの一部関係者は心配しているのである。


何故ならば、104氏が疲労四郎により屠られる事態など発生しようものならば、OVER TAKING ZEROの存続が危ういからである。


そんな心配を知ってか知らずか、104氏は言うのである。



―――うむ、奮い立ち働かねば確かに疲労もなく、充分に睡眠も摂れるであろうやわいね。

     だがしかし、奮い立ち働かねば趣味の存続も危うく【家庭】【仕事】【趣味】の3大柱を維持し続けることが出来ないやわいね。

     そんな俺が魅力的で在れる筈がないんよ。

     かといって奮い立ち働けば確かに疲労四郎との戦いは避けられないやわいね。

     奴は強い、気を抜くことは出来ないやわいね!―――



強迫観念とも捉えられる思想であると思うのである。



―――敵は外に在らず、内に在り。 そして非も我に在り―――



どうしてこんな時代になってしまったのか?

とその責任者を草の根を分けて探し出し、糾弾することは無駄であるし、現状あるがままの環境から目を逸らしても何も改善はしない、そう104氏は言うのである。

低賃金、それによる無益な家庭内紛争、迷走する企業内レース、それによる将来の生活維持基盤への不安、憂鬱なる要素をあげつらえばキリがないのである。



「辛いならやめればいいのですわ」



何故か聴こえてくるその声に、強い否定を抱けるうちはまだ大丈夫だと己を鼓舞させるのである。



―――辛いのはアナタだけではないんよ―――


何故だか知らないけれども、大きな声で104氏はそう叫ぶのである。




うむ、不思議である。


阿呆の言葉に筆者も心が軽くなるのである。



誰もが自分を励ましながら、こんな世の中を必死に生きているのである。



迷いも不安も十人十色であろう。

ただ、誰もが見えないところで青筋たてて歯を食い縛って頑張ってるのである。



そう思い馳せることが出来た者から、輝く優しさを手に入れるのである。




強く、優しく、美しく。



長く短くある時の中で、今日を強く優しく美しく生きようと思うのである。



掛け替えのないものは必ず手に入る、そう信じて。



―――何もかも辛くないやわいね。 だってすべては未来に報われる努力たちなんよ!―――



小さな石ころに躓いて派手に転ぶのは毎度のこと、都度起き上がって痛み抱いて戦うに吝かでない。

2012.3.27 (火)  ちぃちゃくぷるぷる震えるくらいなら・・・

営業職というモノを、会社の名前だの、設備威力だのを降ろした上で語るのである。

つまるところ、営業というモノは人間力での勝負である。

そう言い切ってしまうことに恐れはない。

たくさんの方から影響を受け、それを昇華し、目には見えぬ成長の道を着実に踏み締め前へ前へと進む。

―――いま在る最高の俺で在りたいんよ―――

そう呟く104氏である。

妬みも嫉みも嘲笑も届かぬ頂きを目指すのである。

その思い、口に出さずとも、集団の中に入れば出る杭に観えることしばしばであるのかも知れない。

―――うぬぅ、何故だか知らないうちに企業内政治闘争に巻き込まれている気がしないでもないんよ―――

自分を取り巻く環境に鈍感な様でいて、その実物凄く敏感な104氏はキナ臭いカホリを嗅ぎつけているらしいのである。


―――長いモノに巻かれなさい? それは御免被るやわいね―――

出しゃばる気はないけれど、取り立てて横槍に刺され貫かれるつもりも毛頭ないと104氏は言う。


―――ああ、面倒臭いやわいね―――

誰かを蹴落とすのも、誰かから蹴られるのも嫌なのである。


どうして誰も彼も、自分の発揮するパフォーマンスのみによって自分の立つ地位を確固たるモノにしようとしないのであろうか。


―――社の為にとか、部下の為にとか、カッチョイイこと言うつもりはないやわいね―――

只々、己が家庭と趣味を支える基盤である自社環境が澱み濁ることを嫌い、104氏は戦う決意を固めたのである。


―――畏るべし30代やわいね! こうして疲労困憊の様相を色濃くしてオジサンになってしまうのん?―――

絶対にそれも回避してみせる、と104氏は副次的な決意も固めるのである。


誰にも曲げられない強き信念よ、104氏に祝福を与えよ。



誰も傷つけない阿呆の武器を手にいま此処に104氏は戦慄しているのである。


2012.3.21 (水)  所作

104氏は三十路を越え、迷いを吸いこみ自信を吐き出して、営業という職を通して自分自身を見つめ直しているらしいのである。


―――接待したり、接待されたり、この世はなんとも面白いやわいね―――


―――接待するのもされるのも、相手と真剣に向き合うと莫大なエネルギーを消費するやわいね―――


『いまどき接待なんて・・・』と馬鹿にすることなかれ、と104氏は言うのである。


―――日本の企業人はタテ社会の繋がりが強いんよ、その中で如何にヨコの繋がりを創造出来るかが勝負やわいね―――


ヨコの繋がりとは何ぞや? 発注側、受注側、偉ぶる方、(へりくだ)る方、そんな関係に終始してしまうなら接待など行わない方が良いのである。


日本の企業人がヨコの繋がりに弱いのは、ビジネス関係を降ろした先の人間関係を取引先の人間と結ぶのが苦手だからである、と104氏は言うのである。


―――ヨコの繋がりを本当の意味での人脈と呼ぶんよ―――


本当に自分が困っている時にその窮地を脱出する為のチカラを提供してくれるヒトがどれだけいるであろうか?


形振(なりふ)り構わず自分の為に見返りなく躍起になってくれる、そんな心強い縁を結びたいものである。


そう思うと、接待において、学ぶことは大変に多いと104氏は言う。





例えば・・・椀物ひとつ前にして、真剣に悩んだことがあるかないか。


天麩羅の食べ方に鮨の食べ方、知らなくても何も困らないことではあるけれど、少し見つめれば数多の疑問が浮かんでは消える。


それが浮かんだら消えないうちに学ぶ姿勢を続けてみる。


一事が万事、些細なものをどれだけの関心を持って見つめられるか、それが大切であると104氏は言うのである。


粋な所作は一朝一夕(いっちょういっせき)にしてならず。



何故そんなことを今更ながらに述べるのか?



―――生活を支えるフィールドが違えども、ヒトは同じレベルのヒトと出会い、惹き合い、縁を結んでいくものやわいね―――


不労所得で優雅に遊べる高等遊民な方々は別枠に置いておくとして、我々は働かずして生活を成り立たせることは出来ないのである。



―――どうせ働くなら、楽しく学ぶ姿勢を意識して粋に生きまっし!―――



自分を奮い立たせるのは誰でもなく自分である。




昏く沈むよりも、明るく浮かぼうと思うのである。


2012.3.19 (月)  外見と中身

『外見と中身がだいぶ乖離していますね』

これは104氏が昔からちょくちょく言われる言葉である。

褒め言葉ではない気がするのであるが、こと104氏は持ち前の性格によりこの台詞を凄く前向きに捉えて生きているらしい。

阿呆は幸せ者である。


―――ヒトは、あらゆるギャップによって魅力を放つんやわいね!―――

よく訳のわからない持論を展開する104氏である。


外見と中身が違う、これは104氏との交友がスタートした直後によく聴かれる言葉である。


果たして、104氏は周囲の人々からどのように観えているのであろうか?

筆者としては大変に興味が湧くのである。(筆者からは104氏が阿呆にしか観えない)


他人から見て、どうでもいいモノに深い興味を抱く性質がある為に、コアな話題に強いのが文頭の台詞を浴びる原因なのであろうか?


最近はマウスパッドとマウスの裏のゴムシートの張替について持論を展開し、変人扱いされた104氏である。


ま、変人扱いされている方が観ていて楽しいので良しとしよう。


2012.3.15 (木)  PC

104氏は基本的に電化製品好きである。

電子レンジも冷蔵庫も炊飯ジャーもドライヤーも髭剃りも、PCも携帯電話もエアコンも空気清浄機も分け隔てなく愛せるオトコである。


そして現代は・・・モノが溢れる時代である。


モデルチェンジのサイクルは極度に短く、新製品毎に新たなハイテク機能が搭載されるのである。


そのハイテク機能は、名前だけ(いか)ついコケ脅し機能から、目を見張るような正真正銘のハイテク機能まで様々である。


さて、電化製品が好きであると言って(はばか)らない104氏が趣味と業務の実益を兼ねて一番愛する電化製品がPCである。



―――名刺を武器に戦うサラリーマンと歌ったのは櫻井(ミスチル)さんやわいね? でも現代のサラリーマンはPCを武器に戦うんよ―――


企業戦士を(サムライ)に例えるならば、その刀は間違いなくPCであると104氏は断言するのである。



刀・・・其れはタマシイ。


だから、本当に気に入ったモノを相棒に連れていたい、そう104氏は常々言っているのである。



―――しかーし、ここ最近のPC市場にはまったく魅力的な製品が存在しなかったやわいね!―――


ここ2〜3年を振り返りながら104氏は言うのである。



【レッツノートY7】を己が刀にした時点で、それ以降のモバイルPC製品群にまったく魅力を感じなくなった、と104氏は打ち明ける。


―――14.1型 SXGA+(1400×1050ドット)!!

   OSはXPへダウングレードさせて、メモリは2G搭載 

   HD容量は80G、バッテリー実働6時間以上!!

   それでいて重量1.5キロやわいね―――


これほどのスペックを持つのに、レッツノートラインナップからYシリーズが消えた理由が未だに解らないと104氏は言うのである。


しかし、Yシリーズの14.1型ディスプレイがモバイル特性ではWシリーズに劣るかも知れないとの危惧もあったので、レッツノートR6も脇差に持つ104氏である。


にも関わらず・・・Y7の前にまったくR6活躍の出番は訪れないのである。

言いかえれば、怖ろしいほどの懐の深さ、高水準モバイル機能を携えながらも平気でメインマシンたる余裕がY7には在ったのである。


Y7を購入した2008年以降、勿論YシリーズもY8が出たし、F8、F9、F10も出た、WシリーズはSシリーズへ引き継がれワイド化した。

Rシリーズは何故かJシリーズなるモノに進化した。


それでも、MS社のOS(Vista)迷走問題もあり、Y7を所有しながらスペックメリットのないY8を購入する気にはならなかったし、

Fシリーズも【取っ手】が微妙であり、かつやはりスペックメリットがなかったので購入には至らなかった。



Wシリーズから進化したSシリーズにおいてはバッテリーの駆動時間が長いことが魅力的ではあった。

しかし、WXGA(1280×800)という解像度に今更の感が払拭出来ず【SXGA+使い】としてはSシリーズは魅力的にはとても見えなかった。



そんなこんなで、PC好きの食指を動かすモデル不在のまま数年が過ぎたのである。





そして・・・先月の24日の衝撃が起こるのである。





ここ最近の新モデルがあまりにも無粋なモデルばかりであったので104氏は新モデルのチェックを怠っていたのである。


そんな中、何の気は無しに【SX1】を目撃した104氏は雷に打たれた様な衝撃を受けたのである。



―――うむ、次期我が刀はコイツしかないやわいね! プレミアムエディションがいいんよ!!―――

ワイドディスプレイが大嫌いだった104氏であるが、こと【SX1】の【HD+】という解像度についてワイドに理解を示すようになったのである。



―――12.1型なのに1600×900ドットやわいね! Y7の14.1型SXGA+(1400×1050ドット)と比べてもメリットの方が大きいやわいね―――

これは凄いコトである!と104氏は叫ぶのである。




―――だって、Y7使いであることで、XPのサポートが終了する2014年4月までは他のモデルなんていらんわい!と思っちょったんよ―――


それが、【SX1】を知った瞬間に、すぐにコイツに乗り換えよう!と思えたのである。

これは、一つのモノを長く愛するモノ持ちの良い104氏からすると凄いことなのである。



―――ふふふ、【SX1 プレミアムエディション(HD版)】を発注したんよ―――

CPU:core i7-2640M メモリ:16G(増設済み)  HDD:640G 火災・落雷・台風・洪水・水漏れ・盗難についても全保証(3年間)

データ復旧サービス  天板交換無償  バッテリパックL&S両装備  オフィスソフト装備


i7頭脳にて広い作業テーブル(メモリ16G搭載)、これなら数年間また新しいモデルに惹かれることもなくなるだろう。


サイト更新の頻度が怖ろしいまでの低空飛行を続けている現状の打破にもなると思われるのである。



―――ふふふ、出荷は今月末らしいんよ。 到着が楽しみやわいね―――


2012.3.14 (水)  蛙の子は・・・




【やるぜ!】と気合いを入れるジュニア2号なのである。


紅いヘルメットはOGK製である(笑)





















































地面を蹴りつけてスピードに乗せるのである。





















































スイング(しない)アームに脚を載せて、慣性の法則に乗って走るのである。





















































基本的にハンドルはこじらない乗り物で、バンクさせて曲がるのである。





















































ブレーキは装備されていないのである。





















































バンクさせれば当たり前のようにステアが切れ込み舵角がつくのである。







ヤンチャの聞かん坊、ポケバイ買ってあげたいやわいね(買い与えたら・・・たぶんヨメ様に殺される)










2012.3.1 (木)  優しく、強く、美しく

思いっ切り不景気なのである。

今更、敢えてここで断言する必要もないほどにである。

働けども、働けども、給料上昇の気配は微塵も感じられない。


給料が上がらないと、守るべきものも守れないという事態に陥るのである。


愛すべき家族。


まだ独身だったら、とか、もっと大手上場企業戦士だったら、とか、リーマンショックの莫迦やろう!などと言ってみても事態は一向に改善しないのである。


会社での精神擦り切れるひたむきで孤独な戦いの状況を家族に話すのも無粋である。


ただ、上がらぬ給料をヨメ様に糾弾されるのはとても辛いのである。



不況の真っただ中に104氏も在る。



改善に力を入れても上がらぬ社の業績、増えぬ給料、その割に増える子供に関わる費用、言わずもがな圧迫される家計・・・それによりヨメ様に溜まるストレス!



悪循環は雪だるま式に負の容積を拡大させ、加速度をつけていくのである。



些細なことで勃発するケンカ・・・勝者に何も与えられず、敗者には惨めな気持ちだけが残る。



世界は急激に輝きを失い、笑顔は失われる。




―――うぬぅ!!! こんな絶望的な世界はいらんやわいね!!!!!―――


怒り心頭に発する104氏である。



何故、何故こんな世界になってしまっているのか? 責任者は誰か?? いますぐ此処へ連れてまいれ!!



独りシュプレヒコールをあげながら、大きく腕を振ってはみたものの・・・・・またしても責任者は誰でもない104氏自身である。




責任者として104氏は考えた、その結果39度まで体温は上昇し未だ其れは下がらず、関節痛は酷くなり、咽喉(のど)など唾も飲み込めないほどに痛くなった。



インフルエンザではないのか? 会社に出てくるんじゃない! などという関係者の声も上がったが幸いインフルエンザではない(と104氏は言うのである)。





―――いまこそ、優しく、強く、美しく存在しまっし!―――


頼むからマスクを着用してくれ!という関係者からの批難を押しのけ、唾を飛ばしながらそう104氏は叫んだのである。





―――給料は増えんやわいね、残業代などという概念も俺には適用されんよ、ならば仲間の飲み屋を手伝いに行きまっし―――


発熱中、関節痛中、咽頭炎中の104氏は爽やかに笑い、会社での営業的業務を終えると仲間の飲み屋に働きに出るのである。




一部関係者から、あいつは莫迦だ阿呆だなどという嘲りの声が上がるのを筆者は耳にした。




今日も、元気(?)に104氏は笑いながら飲み屋で齷齪(あくせく)働くのである。




―――この世から、無益な(あらそ)いが無くなればいいやわいね―――


他人を呪わば穴二つ、そう104氏は言う。



詳しく述べるまでもなく、一つは自身の墓穴である。



笑顔交わし合うこと、優しくあることでヒトは本当の強さを手に入れると信じる次第である。




眩しく煌く魅力の根っこは、潤沢にお金を所有することに起因せず、選民的階層に生活のステージを置くことにも起因しないのである。




全部自分のせいだと、思えたならヒトは優しく、強くなれる。

その姿は美しく見えるだろう。




約束された将来など存在し得ない。


可能性に手を伸ばし、足掻き続けた者こそがしあわせを手にするはずである。



笑顔、優しさを忘れずに、青筋立てて頑張って生きていくのである。




その姿、滑稽だと笑われようとも・・・。





2012.2.24 (金)  気色悪い生命体

日々嗚呼是ネタとは日記の様なものである。

執筆された内容は、消去しないので振り返ることが出来る。

数年前に書いた記事を読み返し、赤面し温度上昇、このままメルトダウンか?と言う様な事は日常茶飯事である。

でも考えようによっては、過去を笑えると言うのは、自分自身が成長してここに存在する証であると思うのである。

読者諸賢におかれましては日記をつける習慣を持つと良い。

こんなストレス社会において、ストレスを受けないで生きていくのは無理である。

そして、受け取ったストレスは消化しないとどんどん溜まる一方であるのだ。

読みは同じでも、出来ればそのストレスたちを昇華してあげられればヒトは強くなれる。

飲んで、寝て、忘れることも勿論最重要にしてとても大切なことである。

楽観は現代社会においてとても重要な構えであると思うのである。

そしてこの方法は消化となる。

これが出来る上で、いま自分自身が何について悩んでいるのか?ということを見える化して保管しておくとよい。

当時から未来となった現在に読み返すそれらには、成長へのたくさんの気付きが溢れているのである。

ここから昇華が得られる。


いま、筆者の前に104氏が、ぐふぅ、とか、むぅ、とか、ぐはぁ、とか言いながら身悶えているのである。


極めて気色悪い光景であるが、104氏の成長を願い放置プレイ中の筆者である。


2012.2.24 (金)  勝負に勝って・・・・・

104氏は貧乏である。

この点において疑いはない。

104氏は大した才能もなく、ただの阿呆である。

細かな管理を任せられれば、立ちどころにそれを焦げ付かせる。

切羽詰まってからしか本腰を入れられない性質なのである。

そんな彼を抱える企業は勿論彼の人事配置に手を焼くのである。

製造部・・・いい加減な人間は必要ない。

経理部・・・大雑把な人間には務まらない。

総務部・・・落ち着きのない人間は他部署へお願いします。

あらゆる、部署から戦力外通告を余儀なくされる104氏である。

消去法で申し訳ないのであるが・・・彼に出来ることと言えば営業活動くらいのものである。

あらゆる企業内活動にその適応性を見出せない104氏は一応に切羽詰まったらしいのである。

その為、一応営業としての己を見つめ直し、彼なりに精一杯の努力をその仕事に注いだのである。

ただの運であろう、筆者はそう思う。

何故だか知らないけれど、気が付けば104氏は営業課の管理を任されていたのである。

その人事配置決断をもってして、実に豪気な企業であると言わざるを得ない。

関係者一同、104氏を管理者にするその思惑が理解出来なかったらしい。

それでも、阿呆も煽てりゃ木に登るのである。

ただの気紛れ、もしくはただの運、ただそれだけの事であるというのに104氏は実に前向きに己に敷かれた措置を誤解したのである。

―――うむ、どうやら俺には営業的才能が溢れているらしいやわいね―――と。

ここら辺、阿呆の為せる思考であると言わざるを得ない。


誰もが104氏にそんなに大きな才能があるとは思っていない。

こと104氏を除いては・・・。


104氏はそんなわけで大いに自分の営業的才能に自信を持っている。

これこそ根拠無き自信、つまりは自意識過剰である。


しかし、先に述べた様に其れに104氏だけが気が付かないのである。

実に不幸であり、かつ幸せな事態かも知れない。


ただ、筆者は104氏が起こす奇蹟を度々目撃するのである。


世間常識的に自然に至る結果というのは104氏には適応されないのかも知れない。

何故なら104氏には世間一般常識が欠落しているからである。


ヨメ様は言った。

【私はアルファードにもベルファイアにも乗りたくないんですもの】

【私の2006年式エスティマも随分と草臥れてしまいましたわ】

104氏からすればヨメ様の言う2006年式など新車同様である。

何しろ彼のかつての愛車R32スカイラインは最終的に16年落ちであったし、現愛機CBR250RRにおいては既に22年落ちである。


―――2006年式?? うむ、まだまだ乗れると思うんよ―――

―――我が家のエスティマさんは実に快適にファミリーカー的役割を果たしていると思うやわいね!―――

104氏はヨメ様に向かいそう言い切ったのである。


しかし、そこには遥かグランドキャニオンより深き価値感の埋め難き乖離があったのである。


逆らわぬ方が吉、そう104氏は即座に判断した。


―――うむ、ヨメ様よ! どんな車が欲しいんやわいね?―――


【私はエルグランドが欲しいのですわ。 そうね、7人乗りの限定車(アーバンクローム)がいいわ】

色は黒がよろしくてよ! とヨメ様は言った。



―――うぬぅ、俺には金が無いんよ・・・―――

そう言う104氏をヨメ様は日産ディーラーに連れて行った。



(普通はクルマが欲しい!欲しい!!というのは旦那の方であり、ヨメ様はそれに説得される対象であるがこと104氏家においては正反対である)


展示車に、ヨメ様の所望するエルグランドが置いてあったのである。



―――俺はこっちのフェアレディZか、このGTRが欲し・・・―――

みなまで言わせてもらえず、ヨメ様に速攻で殴り飛ばされる104氏は可哀想であった。



104氏は相対的にミニバンが好きではない。

勿論クルマはバイクに負けず劣らず大好きである。

しかし、やはりスポーツカーがいい。


しかししかし、ヨメ様にはそんなこと関係ないし面と向かって言えないのである。


―――うむ、なんだかよく分からんけれど、このエルグランドっていうヘンチクリンなクルマを安く買えるように交渉するんよ―――

蛇に睨まれた蛙の如く、脂汗をじとっ、と滲ませながら104氏はヨメ様に言った。



交渉は始まった。

その中で、日産ディーラー側営業マン(課長)にお悔やみ申し上げる次第である。


実は、104氏は出来ればエルグランドなるクルマを買いたくないのである。


買ってしまえば、家庭内予算の枯渇により、彼の愛すべきバイク趣味はさらなる窮地に追い込まれることは必定であるからである。


だから、104氏は値引達成額(叶えばエルグランド購入)を雲の上価格に設定したのである。



―――●○万円値引きに成功したら、コイツを買いまっし!―――

104氏はヨメ様に言ったのである。


【よろしいですわ】

ヨメ様は其れを了承したのである。



104氏は難しい立場に立たされた。


全力で交渉している姿をヨメ様の前に晒さなければいけないのである(しかし、エルグランドは買いたくない)。


全力で(営業的に)戦って、僅差で負ける・・・・・そういう予定であった。



しかし、戦った後・・・・その戦果を渇望しない・・・いや寧ろ戦果を上げたくない(それでも全力で戦う姿を見せなければならない)状態は強かったのである。


割とアッサリ、気が付けば104氏は日産ディーラー営業課長を屠っていたのである。



―――な、な、なんというこやわいね!!―――


契約が成立してから試乗車のエルグランドに初めて乗りこむ104氏の表情は微妙に哀しそうであった。




―――ヨメ様! エルグランドの値引きに成功したやわいね!! 絶対にバイク趣味をとり上げちゃいかんよ!!!―――


104氏は非常に強くヨメ様に要求をしている。




2012.2.17 (金)  今更だけど・・・看板について

インターネット上にてモーターサイクルクラブの看板というモノを検索すると・・・だいたい同じようなモノが散見される。

革やデニム製のベストに刺繍パッチを当てたモノというのがその形状の特徴である。

そしてそれらはだいたい、生き様であるとか、覚悟であるとか、そんなようななんだか重いモノが込められているらしいのである。



当クラブにも読者諸賢御存知のようにクラブベストなるモノが存在し、何かとイベントの度に104氏が着用しているのである。


何故104氏は俗に看板と呼ばれる其れを作製したのであろうか?


104氏は憚ることなく言う。


―――生き様であるとか、覚悟とか、そんな重いモノはこの看板に乗っかっていないやわいね―――


当クラブの看板はそういう意味ではとてもとても軽い。

大凡(おおよそ)この世界中に溢れかえるモーターサイクルクラブ中の其れとして、最軽量かも知れない。


―――OVER TAKING ZERO はどこにも登録されていない団体やわいね、むしろ実体が無いと言っても差し支えない団体であるんよ―――


この世に利益を(もたら)さず、害も()さず。 そうあるべきであると104氏は言い切る。


利益は齎してもいいのではないか?と一部関係者から声があがったこともある。


しかし、104氏は誤解を恐れず、その声にこう返す。


―――ただ、OVER TAKING ZERO は存在するのみやわいね―――


ただ、存在すればよい、と104氏は言う。


勿論、当クラブ命名には【原点を追い越せ】、という願いが籠められている。

しかし、その願いは誰に()いる願いでもなく、純粋な104氏の願いであるのだ。


―――目印として、小さな目に見える存在を作りたかっただけやわいね―――


看板を製作した理由を104氏は今となってそう語るのである。



広い広い世界に阿呆が生んだ小さな小さな目印、それがOVER TAKING ZEROの看板なのである。


O.T.Zを大切に大切に育てたいと願う心は104氏の中に在れど、看板自体はただの目印である。


【看板】を背負うと言うことに、何の拘りもないのである。


【看板】を背負ってるから、【こうしなきゃいけない、こう生きなきゃいけない】、(これ)がそんな重いモノならそんなモノ背負いたくないと104氏は言う。


この広い広い世界の中で、ちまちま走る阿呆が気の合う仲間との【ご縁】を願う際の小さな小さな目印である。


その小さな目印・・・・・何故、ありふれたクラブベストの形状をしているかって?


104氏にも若かりし頃の青臭い衝動があったのであろう、筆者はそう理解しているのである。


2012.2.15 (水)  逃道のない歓び

―――後に退けないところまで進むんよ! そうしてその歓びに浸ればいいやわいね!!―――

104氏がそう叫んでいる。


CBR250RR@104号は20年以上落ちのモデルである。

当然各部が相当に草臥れているのである。


―――他人の畑が青く見えている様ではまだ甘いんよ!―――

そう104氏は自分に言い聞かせる、いつも。


何故なら、世間に遍く誘惑は殊の外多いからである。


























































































































































































































































































































































































































































































































CBR600RR 、 RSV4 、 S1000RR ・・・104氏は絶えずこれらのモデルに魅力を感じているらしいのである。


―――美しいモノを美しいと感じるのは当たり前なんよ―――


忌憚なく104氏はそう言い切るのである。

その上で、大型免許の必要性云々の前に、気楽に乗れる状況の実現が何よりも大切である!と104氏は言うのである。


現104号入手によりアルミフレームもマルチシリンダーも受け入れた今となっては、あらゆる車種に偏見はないと104氏は言う。


―――ただ、俺の身の丈は哀しいかな変わっていないんやわいね―――

あらゆる車種をその魅力を持ってして受け入れる準備は出来ているのであるが、欲しいと思う心と所有の実現は別物であると言わざるを得ない。


新しいモデルに感じる羨望を例外なく104氏も抱いていると此処に明記する次第である。

誰だって新しいモノに心惹かれるのである。


その上で、104氏はCBR250RR@104号のメンテナンスに余念がない。


その行動は無理矢理に転がり、進んでいるかのようにも観える。


それでも、手間暇をかける、とはよく言ったものである。


気持ちの好い操作を手に入れることに躍起になっている様は些か病的ですらある。


攻撃は最大の防御である、誰が言った台詞か知らないが言い得て妙である。


我武者羅に前に転がるのを止めてしまえば、CBR250RR@104号の維持は難しくなるだろう。

後悔は後にしか生まれぬ悔いだからこそ後悔なのである。

そして、進まなかった後悔より進んだ後悔を選べと誰かが言っていた気がするのである。


進め! 104氏よ。


進んだ先に何も残らないとしても・・・。


いつも、愛情の大きい方が負けなのである。


愛してしまったなら、進むしかない。

逃道のない歓びに浸れ・・・。


2012.2.6 (月)  OVER TAKING ZERO

非常に苦しい時期である。

仕事に家庭に死んじゃいそうである、と104氏は言う。

必然的に趣味が置いてけぼりになっており、これもまた現状の苦しさに拍車をかけているのである。

諦めたらそこで試合終了だよ、と誰かが言ったらしいのである。

諦めの悪さが身上の104氏であるが、心折れそうになることがここのところ頻発しているらしい。

―――俺の原点を見直す必要があるんよ!―――

原点に立ち帰る必要があると104氏は叫ぶ。


―――この仕事に就いた時に決めた覚悟は何であったやわいね??―――

―――家庭を持つ時に決めた覚悟は何であったやわいね???―――

―――粋なオトコで在り続けると誓ったのは誰であったやわいね????―――


今の為体振(ていたらくぶ)りはあの時の決心に真摯に向き合わなかった結果であるのか?

―――答えは否っ! 絶対に否やわいねっ!!―――

絶えず、本当に絶えず努力をしていると104氏は自身の過去から今を振り返り、断言するのである。


ならば、そのまま走り続けるが良かろう、そう筆者は思うのである。


誰しも、報われないタイミングは在る。

そこで腐ってしまったら今までの努力は報われない。


苦しい時に笑ってこそ、粋というものである。

やるしかない、そう判り切っているのである。

逃げ場のない苦しみを、逃げ場のない歓びに換えて、走り続ける。

原点を追い越せ! OVER TAKING ZERO!!

物理的限界点は此処じゃないはずである。


―――(くら)い内容の心向きを記す更新作業は如何なものやわいね?―――

そう問う、104氏に筆者は明確に解を出す次第である。


明るいばかりでは、芸がないのである。


行き止まりさえもひっくるめ、其れこそ愛する我が道なのである。


世界は心持ち一つで色彩を変えるのである。


2012.2.2 (木)  主人公 と 責任者

更新頻度が超低空飛行である。

責任者は誰か? 見つけ出し問い質す必要があるのである。


関係者各位満場の一致をもってして、責任の所在は100% 104氏にあることが明白となった。



ああ、あをによし、ならば問い質さねばなるまい。

さぁ、此処にその阿呆を連行()れてまいれ!



104氏よ、何故にお前は当サイトの活性を超低空飛行運航に(おとし)め、読者諸賢の期待を裏切り続けるのかと。

104氏、曰く。

―――俺にもっと感動を!やわいね―――

これはなんと(たわ)けた言い草であろうか。


感動が足りないから、ネタが無いとでもいうのであろうか?


阿呆ならば感動不足すらネタにすればいいのである。


そして読者諸賢もご存知の様に間違い無く104氏は阿呆であるのだ。



さぁ、筆者が執筆の糧とするネタを提出せよ!

さぁ、今すぐに!

さぁ、願わくば美味しいネタを所望する次第である!



104氏、しぶしぶ曰く。


なんということやわいね!

今更筆者の奴に指摘されて気付いてしまったんよ。

俺には感動が足りないやわいね! なんという一大事!

感動が足りない毎日を送っているということを意識すらせずに無感動やったやわいね!

しかし、問題は今此処にあるんよ。

今日から感動的に生きまっし!と思ってみても、何に感動すればいいのか知らん?


感動は無く、問題は山積みで在ると104氏は言うのである。





104氏、曰く。


せっせ、ホイさホイさ、うんしょこらしょ、次々とこれらの問題を我が内なる炉にくべても少しも熱量は増加しないやわいね!

エネルギー保存の法則はいつから捻じ曲げられたんやわいね?!




やはり104氏は阿呆であると言う他ない。

世界遍く、天才、秀才たちが導き出した物理法則はそう簡単に消滅したりしないのである。

物理とは、モノのコトワリであるのだ。



逆説的に言うならば、問題点を己の内なる炉にくべた後、己が熱量を上げないところを見つめる必要があるのである。

エネルギー保存の法則は、問題点は(しか)る後、内なる炉の熱量を上げれば問題点としての存在を熱量に変えてその厭なカテゴリから存在を消すことが可能だと証明しているのである。

ジュールでもカロリーでもよい、もっと燃えるのだと104氏に筆者は警告するのである。

さらに、その然る後、問題点を薪として燃えた熱量は、清清しさと達成感にそのエネルギーを変異させ、想い出として確たるエネルギーを持つ不変物へと落ち着くのだ。

表の裏は裏、その裏は表であるけれど、更なる逆説をもってすれば、抱える問題こそが感動のタネであるのだ。

そんな簡単な律さえ見出せなくなっている104氏に筆者は先ゆく不安を感じるのである。


想い出まで昇華されない成れの果てはトラウマである。


阿呆ならばまだ良い、いや阿呆であれとさえ思う、しかし莫迦(ばか)はいけない。

ここで阿呆と莫迦の違いを詳細に述べることは敢えて控えるのであるが、104氏よ、燃やし尽くせ。

万事を己の内なるその烈火にくべて楽しい狼煙(のろし)を上げるのがお前の面白い点であるのだ。

逆説的に言うと、それをしないお前は面白くないのである。

【阿呆=面白さ】、そう定義するなら、104氏から面白さを引くと後には何も残らないのである。

阿呆100%がお前の本質であろう。

まだまだ自分で気付けるうちが花。

ならばお前はまだ咲いているのであろう。

筆者は絶えずお前と在るのだから。

筆者が気付くと言うことは、お前が気付いたということでもある。

さぁ、一緒に当サイトの運営をしていこうと決めたではないか。

さぁ、草臥(くたび)れている場合ではないのである。

さぁ、お前が枯れそうならば、私が水を注そう。

そして、いつか私が枯れそうになる事態など発生すればお前が水を注せ。


―――うむ、忙しいやわいね!!!―――


自分を律する忙しさをネタにしてみたと104氏は言うのである。


ま、たいして面白くもない記事はこうして出来上がるのである。


誰もが内に持つ炉に燃え盛る火が、こんな時代に燻ることのないようにと願う本日である。

人生に感動を!

行けるとこまで、さぁ行こう。

一寸先は闇でも、燻る魂に酸素を送るのである。


輝くという表現より、煌くという表現が好きである。


2012.1.19 (木)  咲かずとも花? 咲いてこその花?

年々、歳をとるにつれ、良くも悪くも無感動になっていくのである。

それは何故か?

その解に極論するならば、体験を通した刺激に慣れるからであると思われる。

あんな体験やこんな体験、それらにめくるめく感動を覚えたのは遠い昔。

―――うぬぅ、感動する己である為には、新しい種類の刺激を迎え入れなければならんやわいね―――

たくさんのモノが雑多に溢れかえる現代の中において、意識することが受け入れることになると104氏は言う。

―――人が無感動に過ごす代償はあまりに大きいかも知れんやわいね―――

このところ、無感動に時間を掴み過去に放り投げていた104氏である。

いや、むしろ時間を掴んで(ほう)るという意識すらなく、ふやけていたのである。

―――咲かずとも花だと思い定め、咲く為にむくつけき姿を晒さねばならんやわいね―――

枯れた大地に根を伸ばし、美しく咲きたいと願うのは誰もが同じであろう。

―――咲く為には、どうすればいいのん?―――

それは誰も教えてくれないのである。

逆境に挫けそうになる度に、哲学的になる104氏である。

旅路に必要なモノは数少ない。

―――うむ、【笑顔】、【感謝】、この2つあれば絶対に咲けるはずやわいね!―――

ふつふつと努力を誓う104氏に、幸多からんことを願うのである。


踏みつけられても、枯れない、すべての事象に感謝と笑顔を。


―――こんな時代だからこそ、不平や不満をあげれば限がないんよ! みんな頑張りまっし!―――

当サイトは全読者諸賢に向けエールを送るサイトでもあると104氏は言う。


2012.1.11 (水)  営業という仕事

深夜0時46分、会社内で麦酒を飲みながら売上を計算する阿呆がいるのである。

阿呆は考えるのである。

営業キャッシュフローを極限まで高める為には今何をすればいいのか?

けれども、阿呆なので考えても解に行き当たらないらしい。


見据える未来、頑張らねばならない現在、学ばねばならない過去。


解に中々辿り着けぬとも、104氏は営業という仕事が好きである。

どれだけ高度に解析が進みソフトが進化しても、絶対に営業という職種はソフト等により取って代わられないという自負と確信があるらしい。


手に職は何もない、いい加減であり、怠け癖もある、職場で独り麦酒を飲んでサイトの更新をしている、究極に阿呆である。


およそ良い部分など何もないように観られる104氏である。



―――明るい未来はどっちやわいね???!―――

無理矢理にでも現状を楽しむ粋な心を失わずに生きたいと104氏は言っているのである。


2012.1.6 (金)  今年初の・・・

昨日仕事始めであった104氏は、バイク通勤を決行したのである。

なぜならば昨年末から、104氏はヨメ様に新年早々寒くてもバイク通勤すると宣言していたからである。



それはもう自信満々に、ガソリン代を節約してみせると、その為にはバイク通勤が欠かせない!と断言していたのである。






5日の朝方、104氏が貧弱な防寒装備に身を包み、玄関のドアを開けると・・・・・雪がチラついていたのである。



―――うぬぅ! なんたる天気っ!! バイク通勤は明日からに・・・・・・―――

104氏が情けなくそう呟きながら、温かい屋内に踵を返そうとすると、ヨメ様の勝ち誇った気配が感じられたらしいのである。




―――いや、やはり俺はバイク乗り、こんな小雪になど挫けてはおられんのやわいね!!―――

何かにつけ負けず嫌いの104氏は、先に吐いた言葉を速やかに撤回し、颯爽とNチビの待つ場所へと玄関を後にしたのである。




見渡す路面は凍結し、近くの車たちのルーフの上には雪が積もっていた。


そんな寒冷の中でもNチビは走れることが嬉しいのか、元気よくエンジンを吹け上がらせる。



―――うむ、第二の相棒よ、お前は可愛いヤツやわいね―――

その数十ccという小さな心臓が元気いっぱいに弾ける鼓動に、寒さを忘れる阿呆の104氏。




―――うむ、こんな日の早朝に隣県までお前を走らせてくれた人間はいままでお前の傍にはいなかったであろう、

          いままでお前が体験した事の無い寒さの中、俺がお前を爽快に走らせてやるんよっ!!!―――

履き替えたばかりのTT93をそっと撫でてから、104氏は我が家を後にした。





Nチビというのは、本当に小気味好く走るバイクである。

ちゃんと2サイクルフィーリング然としていて、後期型純正マフラーから吐き出されるエグゾーストノートはCBR250RRの排気音より勇ましい。


パワーの出力のされ方など、本当に気持ち好い【Nチビ(黄色ナンバー)@104号2号機はリミッター解除済み】


―――窮屈さは微塵も感じないやわいね! 腰も辛くないんよ! 出足だけ一般交通に気を遣うけれども3000rpmも回ってりゃスタート出来るやわいね―――

なんだかんだで時速100`ほど出るみたいなのである。




―――うーん、気持ち好いやわいね!!! 思いの外、超低温ウェット路面でも滑りまくるというわけではないんやじ―――

時速60`程度で曲がる通勤時のコーナーが楽し過ぎるといった様子で嬉々として走りまわる104氏である。





だんだん104氏のフォームが大胆になっていくのが見えていたのである。




まったく阿呆だな、と筆者が思った矢先、物理的に在り得ないほどのバンク角になりながら前後輪ともスライドしていく104氏が観えたのである。



その後、聴き慣れたくはない硬質な擦過音が聴こえてきた。







音のした方をよくよく見ると、濡れた冷たい路面に阿呆が転がっている。  (かたわら)らに傷付いたNチビを連れて・・・・・。






無惨に転がる阿呆を助け起こすべきか、否か、と逡巡した後、私は阿呆の放置を決めた次第である。




その後、私の予想通り、むくっ、とその阿呆は起き上がり、辺りをキョロキョロ見回している。





そして阿呆は傍らに横たわる新しい相棒であるNチビを見つめ、何とも言えない哀しい顔をしたのである。






今年1発目の阿呆の転倒の顛末は大凡(おおよそ)このような感じである。





詳細に阿呆が頭を抱えた様子などを書き記したいのであるが、筆者も鬼ではない。

新年が明けておめでたいこともあるし、せめてもの憐みにて今回はそれを勘弁してあげたいと思うのである。







読者諸賢におかれましては、努努(ゆめゆめ)お忘れにならぬ様にしていただきたい。


濡れた路面は滑るのである。

まして新しいタイヤは言うに及ばずである。



104氏とて、それを知らなかったわけではあるまい。



―――だって、12インチのライドが楽し過ぎたんですもの! 路面もタイヤも忘れさせるくらいに!!―――


阿呆はこうして阿呆たらしむのである。




カラダをはって、更新のネタを作る104氏に愛の手をと願わずにはいられない。














2012.1.1 (日)  新年明けましておめでとうございます!

新年明けましておめでとうございます。

日々嗚呼是ネタの更新が滞り、昨年のレビューも出来ない状態の104氏は前向きに新年を進むと申しているのである。


―――うむ、昨年の締め括りの更新が出来なんだやわいね! 反省も踏まえて、本年はサクサク更新していきまっし!!―――

果たしてそんないい加減なことで読者諸賢に愛想を尽かされないのか、と本当に心配になるのである。



読者諸賢におかれましては筆者からも、不肖のOVER TAKING ZERO代表 104氏を何卒よろしく申し上げるのである。



さて、話は変わるのであるが、104氏は己の身の丈と置かれた立場を理解せず旧年中に二号機を手に入れていたのである。

それは【NSR】とだけ打ち明けられていたのであるが・・・・まさかそれが12インチの可愛い奴だと何人の読者諸賢が想像出来たことであろうか?



このNチビ@104号二号機は、いろんな大人の事情がありながら、黄色ナンバーを装備するのである。

過去に在った、しばらくと言うには長過ぎた乗れない期間は本当に辛かったらしく、104氏はバイクに乗れる現在に【感謝】を忘れないオトコになったようである。





―――諸君っ! 本年のキーワードは【感謝】やわいね!―――

仕事に家庭に趣味に、万事に対して104氏は感謝を忘れない人間になると宣言するのである。



―――当たり前のことなど何もないんよ! 言い換えれば、すべてが特別なんよ!―――


何も理由なく(・・・・)否定しないこと、自分らしく(・・・・・)絶えずポジティブに存在すること、短所ではなく長所に目を向けること、この3点を本年の目標とするようである。



―――読者諸賢、本年もよろしくお願い致しますやわいね!!!―――


阿呆は死んでも治らない、だが感謝を忘れない阿呆ならそれもまた良しとしてあげようと思うのである。



本年も何卒よろしくお願い申し上げるのである。



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