続・夕餉


『雅な風情ってなんやわいね?!倫子さんも全然フォローっぽく聞こえんやわいよ・・・』

マスターの言葉が余りに手酷いので倫子さんに同意を求める様に104氏が言葉を吐き出す。

柔らかな薄栗色髪の乙女はその名を倫子さんと言うのだそうだ。



「マスターさんは104氏さんのこと可愛がってるからそう言うんですよ、きっと」

この世に悪意など存在しないとでもいうような表情で倫子さんが言う。



『なにを言うちょるやわいね、このヒトは極悪非道なんよ、愛なんてあるのかしらん?』

104氏が言葉を返す。




マスターのBarでバランタインとかいうウィスキーを飲んで何故か一万八千円もとられたこと。

その後、何故か鮨を奢らされたこと。

そして、ここに来る前に家畜のようにバイク修理に付き合わされたこと。

如何にそれらがマスターの悪意のある仕業であったのかを滔滔と説明をする104氏である。




「ふふふ、大変に羨ましいです、オトコの人同士のそういう関係って素敵だと思いますよ」

いい薫りのする麦酒の入ったタンブラーに口づけながら、はにかむように倫子さんは言うのである。








囲炉裏では亭主が設えた熾火が紅い。


それを囲むようにしてマスターと倫子さんと104氏が夕餉をとっている。



マスターの言うもてなしの心だろうか、なんとも言えぬ絶妙な間のとり方で亭主が色色な料理を振舞ってくれる。






『倫子さんは独り旅なのん?』


ふと気になり104氏が聞く。




「えぇ、独り旅ですよ〜。

以前友達と下呂に旅行に来た時に偶偶この宿を見つけたんです。

その時は友達と一緒に別の宿を手配してたから此処は本当に散歩してて見つけただけなんですけどね。

でも、すっごく素敵な風情が漂ってて、忘れられなくて。

だから下呂から帰った後、私此処について調べてみたんですよ!

そしたら、何処を調べても全然詳細が知れないんです!!

それでもぅ、気になって気になって。

どうしようもなくなって、秋に入る前の八月の終わりに思い切って此処を訪れてみたんです。

そしたら亭主が次回は秋口に此処は宿として営業しますよって教えてくれて・・・

じゃぁ、泊まれる日が決定したら連絡くださいって伝えたんです。

そしたら、つい先日亭主からお泊まりにいらっしゃいって今日を指定されて・・・

その時にお値段聞いてびっくりしちゃったんですけれどね。

とっても高額だったから・・・それで誰も友達ついて来てくれなくて独り旅なんですよ。

急な連絡だったんですけど、お仕事も投げ出して来ちゃいました。

それでも此処に来てよかったなぁって思ってます」



少し興奮した様子でそう一気に話した倫子さんである。




それを聞いていたマスターが少し意外そうな表情で麦酒瓶を手に取った。


「その行動力は素晴らしいですね。そのお金の遣い方はきっとあなたを煌かせるんでしょうね」

そう優しく言いながら倫子さんのタンブラーに麦酒を注ぐマスターである。



『へっ?此処ってそんなに高価なのん?!』

何も知らない104氏が呑気に言う。


「そうだなぁ、一見だと一泊二十万円程と言われるんじゃないか」

飄飄とした顔でマスターが教えてくれた。




『がんこ高いやわいね!』

心底驚愕した104氏である。





「え、私は十万円って言われましたよ」

倫子さんがおずおずと申し出る。




「ほぅ、あの破天荒法師がそんなに廉価にねぇ・・・」


マスターがそう言う。


その言葉がまだ響く内であった。




「これこれ誰が破天荒法師じゃて? あまり悪し様に言うでないぞな」


料理を運んできた亭主がそうマスターに言い可可と笑った。







ほれ好物じゃろてな、と出された一品を前に亭主がマスターの横に腰を下ろす。



『黄色いイクラやわいね?』

104氏が言う。



「これは山女の卵だ」

マスターが教えてくれた。


森の浄化する水が育む高級珍味なのだそうだ。


「初めて食べました。 もの凄く味が濃厚ですね!」

つい、と箸で摘まんで口に含んだ倫子さんが驚きの声を上げる。


『うん、ぷちって、プチっていうのが気持ちいいやわいね!』

104氏も続いて声を上げる。



「天然物じゃてな、たんと召し上がるがよろしかろう」

可可と嬉しそうに亭主が言う。



「今日も二組みだけのもてなしなんだ、忙しく動くこともないでしょう? 一杯やりましょうよ」

マスターが亭主に声をかける。









亭主の前にタンブラーを用意し麦酒を注ぐマスター。

「また、お前はそうやって集諦を・・・」

それを見ながら亭主がそう言う。




「またその話ですか? 俺には苦諦も集諦も滅諦も道諦もないんですよ」

マスターが苦笑いしながらそう言う。




「ほほぅ、釈迦に説法かのぅ?」

可可と笑った後、旨そうに麦酒を嚥下し亭主が言った。





『何を小難しい話をしちょるやわいね?』

聞き慣れない語彙に104氏が口を挿んだ。





「これがこの人の破天荒法師たる所以なんだ、旨い料理に余計な世話焼きまでついてくるんだよ

酒精を嗜んでおいて僧ぶるのだから始末に悪い」

人という字をジンと発音しながらマスターが言った。





「なんのなんの一休宗純とて肉を食らい酒精を嗜んだものじゃ」

亭主は可可大笑している。





「この人はこう見えて禅寺の和尚なんだよ」

マスターがさらりと言った。





「釈迦といふ いたづらものが世に出でて おほくの人をまよはすかな、か・・・」

二口でタンブラーを空にした亭主がそう言い置き中座する。






「此処はこう見えて禅寺なんだ」

そう言いながら、にっ、と笑うマスターの顔はやはりいつも通り勝気で気高かった。





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