茶室


「おい、そんなもん飲むと腹壊すぞ」


きれいなお水やわいね、飲めるのかしらん? と暫し逡巡した後、

今まさに鹿威しの中の水を飲もうとしていた104氏の右上方より聞きなれた声がした。


『へ!? だって咽喉が渇いたんですもの!』


ほとほと歩いたので咽喉が渇いていた104氏は声の主を瞬時に特定して更に言い足す。


『誰を探してここまで道に迷ってきたと思っとるやわいね!』



「阿呆ぅ、だから散歩についてくるか? って聞いてやっただろうが」


右上方を104氏が見上げるとマスターの呆れた顔が茶室の窓より覗いていた。



『うぬぅ! なぜに俺が此処にいることが分かったやわいね?』


そう言えばたしかに散歩に誘われたなと思いだして少し声高に104氏が言った。



「阿呆ぅ、そんだけ茶の口でドタバタされりゃ至誠に茶道と向き合えんだろう。 すぐに分かるわ」


マスターはそう言うなり窓から顔を引っ込めてしまった。



『うぬぅ! 放置プレイはやめて欲しいやわいね! 俺も中に入れて欲しいやわいねっ!』


そう104氏が叫ぶ。



暫く待ってみても何の対応も得られないので茶室の戸口を勝手に開けようとしたところで突然それは内側より開かれた。


敷居をはさんでその向こうには興醒めした表情のマスターが立っていた。



「声をかけるんじゃなかったな、苔露でも勝手に飲ませておくべきだった」



そう言葉を吐き捨てながら、ふぅ、と何かを諦めた様子でマスターが続ける。



「茶飲んでくか?」



『勿論やわいね!』


パッと顔を輝かせ偉そうに叫びながら104氏は茶室の框を乗り越えた。





『結構広いんやわいねぇ』


意外そうに104氏が呟いていると


「ほら、茶が欲しいならこっちに来い」


奥の方からマスターの声がする。


それほど不機嫌でもなさそうである。


『いま行くやわいね』


軽口を叩きながら奥へ駆けていく104氏である。




「茶室で走るんじゃねーよ」


すぐ奥の間ではマスターが端坐して茶窯の中で沸沸とする湯を見ながら104氏に訓示を与えた。



「わびもさびもあったもんじゃないな、お前には不満を認め慎みを持つことが出来ないのか?」


ふぅ、息を吐きマスターが言う



『わびさび? よく分からんやわいね?』


104氏がそう応じる。



全くもって茶室にて茶の流儀を語ることは無粋だ。


しかし、立てる茶の精髄を知らぬ奴が存在することも興醒めするしなぁ。



小声でそう呟いたマスターが104氏に言う。


「おい、ちょっとそこに端坐しろ」


正坐のことかしらん? と呟きながらちょこんと言われた場所に坐る104氏。



そうしてマスターによる茶道蘊蓄大論が始められた。


わびしい、さびしい、これは満たされない心の憂いをいう。



それを認めた上で慎み深く行動することことが重要である。



茶室で茶を立てること、静かななかでそれに集中することで自分自身を見直すのが茶道の本質である。





話は禅にも及ぶ。







『解ったような解らんような感じやわいよ』


そう104氏が答えると


「当たり前だ。 そんなに簡単に解るわけがないだろう」



そう言いながらマスターは滞りのない動きで茶をたててくれた。



『これまた微妙なお味やわいね』


そう104氏が言う。


『慎み深いってところと反極にいるんでないの?』


ぽつんと呟いてみた。



「あん? 誰がだ?」


マスターが耳聡く104氏の声を拾いそう聞き返してきた。



『マスターがに決まっちょるやわいね』


そう言って104氏はマスターを真似てニッ、と笑ってみた。



「阿呆、それはお前に慎みってモノが理会出来てないだけだろうよ」


マスターが片眉をあげた独特の表情で言う。



「まったく・・・慎みってモノまで一一説明をしてやらなきゃ解らんのだなお前は」


今まで見てきたなかで一番億劫そうな表情でマスターが言う。




慎みってモノはなぁ、



まず第一に誇りを持ってないと生まれないものだろう。



自分自身を尊敬して、外に向けない内に向けた自尊心を持つコトが慎みの美徳だろう?



称讃はこの美徳を持って受け入れるもんだ。




そんなモノが慎みってモノらしい。


『ふ〜ん』


104氏は解ったような解らぬような気持になった。






「慎みを含むすべての作法ってのは自分を好く見せるために存在するんじゃねーんだよ



相手のコトを考えて立振舞う結果が自分をそう見せるコトもあるだけなんだ、



それを努努忘れてる人間は無作法者だ、美しくない」


マスターがそう締め括った。




『そう言われてみればそんな気もするわいね、



あ、此処の亭主もそういう目で見てみると大変な作法者やわいね!



しゃん、とした佇まいやものね』


104氏がふと亭主を思い浮かべそんなコトを言った。





「あ? あの破天荒法師か?」


可笑しそうにマスターが言う。




『破天荒法師ってなんね?』


マスターの言葉が気になって聞き返した104氏である。





「そのままの意味だよ」


本家のニッ、っとした笑いを浮かべながらマスターが楽しそうに言った。






「さぁ、腹も減ったし、戻って夕餉にするか」



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